2012年05月11日

山尾三省の詩を読む (原発事故で見直されたその生活)


山尾三省の詩を読む

(原発事故で見直されたその生活)



びろう葉帽子の下で

チェルノブエリの灰降り
百の怒りが
わたしのうちにないわけではない
チェルノブエリの灰降り
また百の悲しみが ないわけではない
それらに 身と心をゆだねないために
またじゃがいも自身を掘るために


つわぶきの煮つけ


野にはつわぶきの新芽がのびる
うす皮をむき
シイタケや油揚げで一緒に煮る
お皿にもりつけてやっと春になった
にこにこしながら食べる
こんなおいしいものはない
これは地のものたちの文化であり
核兵器を作る人たちや
原子力発電所を作る人たちへの捧げものではないと


秋のはじめ(2)


田舎がある
田舎の真理がある

田舎の苦しさがあり、田舎の真理がある


島の真理がある
島の苦しさがあり、島の真理がある



最近集めたいろいろな本を読み返している。本を集めただけのが多かったが今なって理解できる。理解したことを即座にプログに書く、書くということで朦朧としたものが明確な輪郭を帯びてくる。
それも自由に書ける、いくらでも書けるということがいいのである。本にしようとしたらまず何も書けない、そもそもが本にしたって一年くらいかかったりその労力も金もけたはずれだから素人では本を作り出すことはできない、書店にも置けない本では一般の人とっては何かを発表することはできなかった。だから大きな出版社により情報は操作される結果になった。書店はその支店にすぎないのである。書くために自由にいくらでも書けるということを前提にしていないと十分に発表できないのである。


山尾三省という人は62才で死んでいる。妻もその前に死んでいる。ええ、早く死んだなと思った。今の時代60代は早死になる。思うに労働が過酷だから早死にしたのかもしれない、島の農業で貧しい暮らしとなると栄養もそれほどとれない、インテリだと自分もそうだが体力がないから体にひびくのである。妻も東京から島で農業したということは楽ではない、それほどまでして島に棲むのは自分たちの思想の実践として農業をしたのである。ただ農業をしている人はいくらでもありそれをいちいち俺は特別なことをしているのだとしない、ただなぜこの人に注目したのかというとこの辺で起きた原発事故で注目した。核だけではない原子力にも反対していたのである。その抵抗としてジャガイモをただ掘るとか農業を実践していた。左翼ともかかわる人だけどそれとも違ったものがあった。不思議なのは原水協が核兵器に反対しても原子力発電には賛成していたのである。推進派だったのである。
というのは原水協にしてもそこには電事連の組合の人が参加していたからそうなった。電事連は大きな力をもっている。そういう労働者でも宗教団体でもどこでもはいりこんでくる。だから巨大な団体になればなるほど反対できない構造ができあがっている。今回の原発事故でも安全神話そうして作られたのである。何かの団体に属しているとその意向に従うようになるから逆らえなくなる。
今はどこかの会社にみんな属しているのだから会社の意向に従うようになるから結果的に安全神話は作られたのである。官吏もすべてまきこんで作られたから強固なものだった。戦争のときと同じように逆らえないものとして作られたのである。


核兵器も原子力発電も根っこでは同じだった。ただ最初の内はその認識が甘かった。原発がどういうものかわからなかった。最初の導入のとき慎重さをかいた。地震がこれだけある災害国に原発を造るのはどうかとか議論も検討も良くしなかった。金になるし科学の発展、経済の拡大としてすべてが容認される時代である。ただ盲点は日本の風土を考慮しなかったことなのだ。地震、津浪がどれほど怖いものか知っている。その責任はやはり科学者にもあった。核の恐ろしさを知っているのだからもっと慎重にするべきだった。

そしてチェルノブエリ事故が起きたとき原発を根本的に見直す作業が必要だったのである。チェルノブエリに対する怒りがここで言っているのもわかる。詩にも原発に抵抗する反対することがかなり書いてある。原子力の危険性を指摘して自ら貧しい農夫になった。それは一つのアンチテ-ゼを実行したのである。原発事故が起きた10キロ圏内で避難した人が家族がばらばらになりこれならロウソクで暮らした方がいいと言っていたのがわかる。人間は追い詰められるとそういう極端な思想になる。逆にそうでいなときはそういう思想は生まれない。逆に高度成長からバブル時代と農業は減反政策となり農業をしたいという人は激減した。農業では生活にならないという不満が毎日のように農民から語られた。もちろん専業農家ではない、その中に兼業農家でいい暮らしをしている人がいたし今も兼業農家が多い。農地だけをもっていて補助金がもらえるとかそういう人も多い。今回事故の起きた双葉であれ大熊であれちょうど相馬市地帯とか磐城から離れた江戸時代の境にあった。その辺は出稼ぎで貧しいとか農業だけではやっていけないということで原発を積極的に導入したのである。原発は金のなる木だったのである。


逆説的なのは山尾三省のようにあえてこの時代に島で農業をするような人は変人になっている。そんな苦労してどうなるんだ、何が目的なんだ、インテリがなぜそんなことするんだ、そういう批判もされる。農業を誰もしたくない時代だからである。でも逆性的なんだけど今になるとそういう生活は今までは農家にとって当たり前だった。しかし農家にとってそういう貧乏な生活から逃れようとして原発を導入した。そしてあの辺りは豊になった。もっている車もいい車だとか避難先でうらやましがられたしまだ補償金がもらえるとか言われた。農家にとって当たり前の生活が今になるとそれを実践することは変人になっていたのである。

この生活は極端にしても人間の欲望は戦後限りなく拡大した。マイホ-ムが欲しいから電気製品が欲しいから車が欲しいからあらゆるものが欲しい欲しいという時代だった。近くの人でも腕がいい大工なのに収入もそれなりにあったのにブラックな仕事をして金を得ようとしていたり一人は貧乏でも遂に犯罪者になった。また他の人は見栄で借金して困っているとかそういう無理な欲望の追求があった。一方でこうした貧しい農民へ還ってゆくというのも逆説だった。回りから認めがたいものとなる。でもそういう生活が見直されたのは故郷にも棲めなくなったことでそうした貧乏でも故郷に住めるなら満足だと思う人も今でているかもしれない。一方であきらめて補償金をもらい他で再出発する人もでてくる。ただ老人はなじんだ場所にすみつづけたいし人生の総決算の場所になっている。田から他に移りにくいのである。


びろう葉帽子の下で(14)


びろう葉帽子の下で
山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても
わたしはほかに還る所がないのだから
山に還る
びろう葉帽子の下で
死期を迎えた動物のように
山に還る


びろう葉帽子は素朴なものの象徴である。虚飾や見栄の世界ではない、それを恥じずにかぶっていた。ただ別に農民はみんなそうだった。それをあえて誇りにもしていない、当たり前だったのである。それでも人間は故郷でなくても長く住んでいるとその土地の自然と一体化してくる。そしてその土地土地には他からはわからないものがある。長く住んでいないとわからないものがある。気づかれないものがある。あの隠された石はそうでありあれは他の人は気づかない、地元の人すら気づかない注目していない。ただそれが聖なる石に見えてきたのは最近のことである。人間は最期にどんな愚かな人でも見えてくるものがあることは間違いない、終わりにあらゆる真実が見えて明かにされる。


その人がどういう人だったのか、人生であった人がどういう人だったのか、それぞれしてきたことの意味が自ずと明かにされる。結婚でも金持ちの人と結婚して楽したいとか女性はなる。しかしそれが最期になったとき、こんな暮らしに価値があり意味があったのかと問われる。山尾三省の妻は夫についてきてこんな暮らしをするのが嫌だったかもしれない,農業も経験なければしたくない、それでも夫の価値観に従った。そのあと夫は妻のことを切実に偲んでいた。一緒に苦しい生活をともにしてくれたらかである。そこに金持ちで楽に都会で暮らすのとは違った価値が死後に生まれた。本当の価値は死後に現れる場合がある。ともかくずいぶん本を読んだけどその本を読み直して深く読めるようになったのは不思議である。山はやはり古来から死に場所であり現実に山に死体を葬った場所だった。山に還ってゆくというのはそういうことである。そして飯館村でもあれだけ汚染されているのだから帰れないとされている。でも老人は帰りたいのである。老人は長く住んだ所が死に場所になるのだ。だから避難しないで墓にはいりますと言って百才の老人が自殺したのもわかる。放射能などもうどうでもいい、死期が迫っているんだから長年住んだところで死にたいとういことがあるのだ。自分もそういう気持ちに病気になって死期を感じたとき本当に思った。


田舎の苦しさがあり、田舎の真理がある


島の真理がある
島の苦しさがあり、島の真理がある


これもわかる。それぞれの場所ですべてが満足できる場所などないのだ。島なら昔から水不足で悩んでいたし沖縄では井戸が枯れて放置された何軒か住んだ所があった。最果ての波照島だった。
どこにもすべてを満足させるような所はない、でも戦後の経済成長は欲望が肥大化してそれが可能だという妄想も生み出したのである。だから決してこれは極端にしろ農民であれ誰であれこんな昔の窮乏生活をしようとする人はいないし満足しないのである。田舎の真理があるというとき、島の真理があるといいうときそれぞれの田舎には島でもそこが前にもかいて有機的ミクロコスモスでありそこに中心があり聖なる自然となるべきものがある。それぞれの場に真理が自然のロゴスとなるべきものがある。苦しいけどその自然のロゴスの中に安住する、最期はそこが死に場所になるのだ。だからこそその真理となるべき最期の場所は重みをもつのである。そこにはそうして死んだ先祖も葬られているから故郷はさらに重みある場所となっている。そうして何代にもわたって作られてきた場所が故郷なのである。それを原発事故で喪失したときどうなるのか?簡単に金をもらって他に移り住んでくださいとなりうるのか?そこでもう死んだ方がいいとさえ思う気持ちがこの年になるとわかるのだ。

人間は最期は石のように動けなくなる。これは惰性でもない、必然的な結果としてそうなってしまう。そういう心情がくみとられていない、だから金もらって他に移ればいいじゃないかという他からの無責任な言動には腹がたつのだ。この気持ちはやはり年をとらないとわからないのだ。今更他に移るのは嫌だ、ここに住んで死にたいという人はその願いをかなえてやるべきかもしれない、ただ援助が必要となるとなかなかむずかしい面はある。でもその心情はくみとられるべきなのである。

 
posted by 老鶯 at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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