2012年04月05日

(科学技術が未来である時代から変われるのか?)


 未来とは何であったのか

(科学技術が未来である時代から変われるのか?)

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原子力明るい未来のエネルギー(大熊町)

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原子力郷土の発展豊かな未来”と掲げてあります(双葉町)


●未来という言葉の由来


未来は何かと問うとき、未来という言葉自体明治以前にはなかった。日本語は大和言葉と漢語から成り立っていた。それに西欧的なものが入ってきたときそれを翻訳するに大変な苦労した。どうしても大和言葉では翻訳できないので漢字で翻訳した。その漢字も日本人が造語した漢字であり奈良時代に大和言葉を漢字にしたのとは違っている。その時も中国の文化の大量に流入して翻訳して漢字をとり入れた。その時もすでに漢字の解釈はある程度は日本語化、大和言葉化していたのである。
本居宣長が大和言葉と唐の言葉を分けて日本人の淵源をたどろうとしたことは正解である。
なぜなら言葉の中にその国の文化が凝縮して残されているからだ。日本人を知るなら大和言葉を知るのが一番わかりやすいからである。詩にしても大和言葉のみで表現したとき日本人の詩になっている。そこに漢字や外国語が入ってくると何か詩になりにくい、大和言葉にすると理屈ではなく情緒的になる。日本語は情緒的な言葉だということがわかる。文の構成も理屈として解明できない、英語でも文法は一つの学問であり数学と数式と多少にているところがある。だからコンピュタ-と相性が良くコンピュ-タ-のソフトを作る言語となった。とても日本語や漢字ではなりえなかったのである。
つまり英語という言葉の上にコンピュ-タ-が作られたというとき正にそれも西欧の文化の流として作られたとなる。ともかく未来という言葉は未だ来ないものという意味であり漢字にすると意味がその漢字から視覚としてわかる。未来という言葉は大和言葉にはないし江戸時代には使われていないのだ。

明治以降こうした言葉の面でも大変な変革を強いられた。その造語の数も多くあとで中国人が日本人の西欧化した造語を使用するようになった。西欧の文化を日本人が解釈したものを中国人が使用するようになったのである。未来という言葉を何気なく使っていてもこれも日本語の造語でありこの言葉を発明した人は日本文化も創造したのである。西欧化で具体的な技術の導入は鉄道などはわかりやすいけどこうした言葉の創造は誰が創造したのかわからなくなっているものが多い。でもこの言葉を創造した人はやはり大きな功績があった。天才は新しい概念と同時に言葉を作る。その言葉今までにない概念や発明につながっていたのである。だから簡単に造語は普通の人はできないのである。

未来というとき未だ来ないものとは何であったのか?それは明治以降の西欧文明でありその主なものは科学技術であった。未来とは西欧文明であり科学技術であった。江戸時代の未来は何か、それは限られた世界で生きていたのだから米の生産の増大とかで豊になるとかであったがそれには限度があった。自給自足的たいして変わらない世界で生きていたし世界観も変わらないものだった。西欧文明が入ってきたとき急激な変化の波にさらわれた。民主主義にしてもそういう概念もないし投票ということもわからない、だから札入れとか約していた。投票して代表者を決めるという手法すらないから訳すにしてもその概念自体が訳せないものがいくらでもあった。だから日本人は西欧文明をとり入れるのに苦心したし努力したのである。だから未来というとき西欧文明が未来になっていた。その西欧文明は科学技術だったのである。これは世界的なものとしてグロ-バル化した。未来とは常に科学技術のことである。宇宙への挑戦も科学技術だしいかに最先端の科学技術をもつことが未来を制する国になるかしのぎをけずる。パソコンのようなものでも発明すれば世界を制して巨大な富をもたらす、パソコンは鉄道や飛行機などと違った頭脳としての科学技術だったのである。


●未来は科学技術になった


現代は科学技術なしではありえない社会である。現代で一番尊敬されているのは科学技術者である。宗教家にしても昔は病気を祈祷するものとして山伏などが必ず小さな単位の村に一人二人はいた。それは病気を直すために祈祷のためにいた。薬師堂が各地に多いのは病気直ることを祈ったためである。今はみんな医者に行き病院が薬師堂になっている。そして医者が神様のようになっいるのもまさに病気を直してくれる医者は神様に近いのである。つまり科学技術者が未来をもたらす、そこにもう老化をしない薬が発明されるだとか中国人の不老長寿が現実になるとか未来を期待している。あらゆるものは科学技術によって問題が解決されるという信仰にもなっているのが現代なのである。だから科学技術なしでは現代は成り立たない、オウムでもサリンを作る優秀な理系の人が中核であった。
オウムの犯罪は極めて現代的なものを象徴していたのである。なぜなら原発事故でわかったことが
政府自体が東電と結託したオウムでありオウムはサリンをばらまいたがそれ以上にしまつにおけない放射性物質を広範囲にばらまいてしまった。そして科学技術者は現代では神官であり僧侶であり一番権威をもっていた。だから容易に安全神話が宗教のように作られたのである。その科学技術に官僚やら政治家やらマスコミや自治体やらが付属して利益を得ていたのである。現代では政治家が力をもっていない、宗教も力をもっていない、現実の権力をもっていたのは科学技術であった。ただその背景となる資源がないと力をもつことはできない、そのことが露骨に現れたのが電力会社が電力をとめると脅したときその本性が露にされた。電力をとめられたら文明の活動は停止してしまうからだ。また石油も同じであり石油がなくなったらどうするのだとなるとき石油のためにも戦争になる。電力をとめてもいいのか、そのためには原発なしではやっていけないぞと脅されるのである。その脅しは一番効果的だというとき電気なしでは文明が維持できなくなっているからそうなる。


●原発事故で未来は見直される


未来が科学技術だというとき今回の原発事故はその未来に大きな暗雲をもたらした。それは致命的なものにさえなった。一旦事故が起きたら国が滅亡しかねないほどの災害をもたらすことがわかった。つまり科学技術の最先端の原発が未来でなくなった。原発周辺の町では原発が未来を作るものだったのである。その未来は根本的に破壊された。そもそも故郷に住めないとなると町自体の未来もなにもない、町自体の未来は根こそぎ奪われたのである。町自体の未来などももう描けないだろう。町民は村民はばらばらになりただ事務手続きとして賠償を要求するものとして町があるだけになった。それはもはや町とは言えないだろう。現代の科学技術の最先端の原子力が未来であったがそれが完全に未来を喪失させたのである。では何が原発の前は未来だったのか?農業に未来があったのか、農業は金にならない、農業やっても何の未来ものないよ、だから子供は跡を継がない、漁業もそうだろう。

この辺では漁業は零細であり何か原発ができたとき漁業権で巨額の金をもらった。漁業権は大きな権利がありそれをもっていた人のみが巨額の金をもらったのである。漁業には未来はなかったが原発ができてその漁業権で補償され未来が生まれたとまでなる。でも原発事故でそうした未来はすべて喪失した。漁業権をもっていた港は津浪で壊滅的打撃を受けた。農業も放射能で再開できない耕すこともできない、でももともと農業や漁業や山林業には未来がないとして原発を導入したのである。
だから一体未来とは今何なのだろうとなる。個々人の未来は別に町や村がなくなってもありうる。

一億円補償されたらそれで子供を大学にあげるとか家がない人は家を建てるとかありうる。個々人的には移動が容易な社会だから医者になりたいといえばその金があれば大学に入れるかもしれない、画家になりたいといえばパリに留学させるとかある。しかし市町村として自治体としての未来は町自体がないのだからありえない、それは消失したのである。だから市町村の未来とは何なのだろうかと考えさせられた。今になれば別な市町村の未来が模索されたとかなる。農業や漁業でも山林業でも他にも何か未来を作るものがありえたとか反省する。
それは実は原発事故の被害にあったここだけではない、これは全国の問題であり日本だけではない、世界の問題でもある。なぜなら科学技術最優先の文明では世界で同じだから一旦原発事故が起きればここと同じ様な被害にあうからだ。未来は奪われるのである。

posted by 老鶯 at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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