2012年03月20日

津浪とロトの妻の運命 (財産に未練を残した結果死んだことでは同じ)


津浪とロトの妻の運命

(財産に未練を残した結果死んだことでは同じ)

一刻も早く町の外に脱出すること。そして、低地に留まらずに山中に逃れること。また、山中に入っても、いかなる事態になろうとも、決して後ろを振り返ってはならないということなどである。  
 しかし、その忠告にもかかわらず、ロトの妻は、残して来た財産への未練なのか後ろを振り返り、塩の柱に変わり果てて死んでしまうこととなる。


今回の津浪ほど驚いたことはないし恐怖したことはない、まさにこの世の生き地獄だった。だから未だに現実ではない、夢のような感覚からぬけだせないのだ。現実に被害にあった人はなおさらそうなっているだろう。村ごとなくなってしまっている、街すらなくなってしまった。それも一瞬にしてである。それが現実に思えない、ただ茫然として津浪の跡に立っている。これは戦争中のような焼け野原のような体験がないから余計にそうなのかもしれない、異常なことを体験していればこういうことは世の中にある、戦争体験者ならそう思うかもしれない、戦後60年はあまりにも平和な時代だったとなる。


一時は津浪原発事故でこの世の終わりかとさえ思った。本当にこの世の終わり聖書で予言する終末が来たのかと真剣に思い驚愕した津浪と原発事故はそういうこの世の終わりともなるような恐ろしいものだった。放射能については恐怖していなかった。放射能の怖さを知らないからこの辺では屋内退避だったけど外に出ていた。本当は爆発したときなどこの辺にも3時間くらい20マイクロシ-ベルトとかになっていた。その時ヨウソを吸うと甲状腺癌になっていた。これは8日間で消えるが大量に被曝したらそうなっていた。だから避難しなかった人や浪江のように津島などの飯館方面の山側に逃げた人は被曝した。ヨウソは大量にばらまかれそれらは8日間で消えた。だからこそ最初の時期に素早く避難することが必要だったけど放射能の無知からそうしなかったし政府でもそうさせなかった。
その時も安全だ、安全だと言っていたのである。つくづく人間は危険から素早く避難できない、それは津浪でも起こったことである。


ロトの妻は、残して来た財産への未練なのか後ろを振り返り、塩の柱に変わり果てて死んでしまうこととなる


津浪では野良仕事にでていても避難勧告がでて家に通帳とかなにか取りに行った人は死んだりしている。野良仕事していたらそのまま逃げなければまにあわない、そういうことを語っていた人がいた。それほど時間が切迫していたのである。財産に未練があり家に帰った人は死んだケ-スがかなりあった。タンス預金もあったろうし通帳は大事だから通帳だけはと家にもどったりした人は死んでいる。緊急のときはそういう余裕すらない、着の身着のまま逃げるほかない、もし財産に未練残していたらロトの妻のように死んでいる。津浪の被害にあった人はロトの妻と同じ様な恐怖を味わったのである。

ソドム、ゴモラも一瞬にして消失した。その後に海の水が流れ込み死海が生まれた。地殻変動があったから巨大な地震が起きたのかもしれない、今回の地震でも地盤が沈下したからだ。街自体がなくなるという光景が信じられない、でもヒロシマ,ナガサキは原爆投下で焼け野原になったから津浪の被害よりケタが違っていた。その凄まじい光景は津浪より恐怖であった。大きな街が一瞬にして消失するということが過去にもあった。それは別にソドム、ゴモラだけではない、日本にもあったし被害にあった人も目撃した人もまだ生きているのだ。草戸千軒なども災害で消失したのだろう。ただ東北では神戸の地震被害もヒロシマ、ナガサキも遠いからなかなか実感しえないものとしてあった。ただ今度の津浪の被害は目の前で起こったからショックだった。こんなことがありうるのかというショックであり被害にあった人人も夢うつつになっているのではないか?あまりにも急激な変化を人は受け入れられないのである。


ただこうした緊急の危機の時は財産に執着すると命も助からない、命あってのものだねとなる。現実に着の身着のままで逃れて仮設住宅に住んでいる人がかなりいるのだ。その人たちはただ命が助かったというだけであった。それでもだんだん時がたつと失った財産が惜しいとか財産への執着がでてくる。金も必要になってくるからどうしてもまた失った財産のことを思うようになる。


一刻も早く町の外に脱出すること。そして、低地に留まらずに山中に逃れること・・・・・


ソドム、ゴモラは低地にあり海とつながり海の水が流れてきて水没もした、低地はやはり危険なのか?低地には水がながれこむ、人はもともと低地には住まなかった、海に接ししていても低地には住んでいない、邪馬台国というのは台とあるのは高台のことである。水の危険を感じていたし低地は湿地帯などであり住むことができなかった。


もう一つは一刻も早く街から脱出すること・・・それは家が密集している街から脱出しろ・・・ということである。そこは火の海になったり建物が壊れその残骸が流れて危険になる。家の密集した所は災害のとき危険になる。ということは東京や大都会はもはや街から一刻も早く脱出できないからいかに災害に弱いかわかる。帰宅困難者とかあふれ大パニックになる。古い建物が密集しているところもあり神戸のように火事になったら最悪である。つまり東京などは山中や高台など逃れる場所がないのだ。津浪ではまだ後方に逃れる場所がある地域だったがと東京などは逃れる空き地もないし高台も山もないのである。その恐怖をリアルにイメ-ジしたら戦慄するだろう。今からでも東京を脱出しておく方がいいと逃れる人がいても異常ともいえないのである。すでに大地震が近々予測されているし確実なのだから。


今回の津浪のような大災害はやはり人間の想定を越えているから何らかの神意があって起きたのかと思う。原発のような危険なものを作るなとか日本人に対しての神からの警告だった。しかしなぜその警告をまた無視して原発を再稼働させようとしているのか?さらなる災害が今度は西の方に東京の方に起きることはまちがいない、日本人はまだ真剣に反省していない、最後のとどめをさす災害が起きる。そして日本は海に囲まれて逃れる場所がない、放射能でも狭い日本では逃れる場所がない、日本は滅亡してしまう。放射能で飢饉が起きる、日本で放射能汚染で食べるものがなくなる。それでも日本人は原発に固執する、映画で原発を神と崇めて滅んだ人々のように、あれはアメリカであった。
日本もまた同じ運命をだどる。核は軍事力としてもあり平和利用はいいとされたが核で滅びるというとき核戦争でも原発でも滅びることで同じだったのである。核そのものの利用が人類を滅ぼすことになっていたのだ。それにヒロシマの被害者は気づかなかった。原発に賛成していたのである。

 
posted by 老鶯 at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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