2012年03月09日

松島は大きな島が防波堤になり被害が少なかった (松島は普通に観光できる)


松島は大きな島が防波堤になり被害が少なかった
(松島は普通に観光できる)

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松島の地形は複雑であった。200くらいの島がありその位置関係がわかりにくいのだ。松島の津浪の被害は少なかった。今行ってみるとどこが津浪の被害を受けたのかわかりにくい、石巻とは大違いである。観光に行っても別に悲惨な状態がないからいつものとおり観光できる。それでも観光客が半分に減っているという。その原因が津浪というよりは原発の放射能の風評被害だという。放射能の方を怖がっている。これも変だなと思った。ただ牡鹿半島から一関の方に放射性物質が流れ一関にホットスポットができたというのは風の流れでそうなったのである。風の影響でとんでもない遠くに影響するのが放射性物質の流れだった。

それにしても津浪は瑞巌寺の門を入ったが本堂に入る入り口の入場券を売るところでとまっている。あの辺までしか来なかったのかという意外さである。地図を見ればわかるように宮戸島や寒風沢島とか大きな島がありそれによってさえぎられたのである。あれは島ではなく半島かと思っていた。

この辺の地理はわかりにくい、地図を見れば確かに松島はこの大きな島によって守られていたのだ。一方宮戸島や寒風沢島とか防波堤の役割をした島はそれなりに被害が大きかった。
そして多賀城市もかなりの被害があった。前に島があっても宮戸島や寒風沢島のような大きな島ではなかった。それでそれなりの被害があった。塩釜も被害があったがここは多賀城市の隣でも入江となっていたので津浪の勢いをそいだ。津浪は地形によって被害が違っていた。前にちょっとした丘のようなものがあっても津浪の勢いがそがれる。津浪をまともに受けた海岸線は壊滅した。


松島の人が言っていた。風呂の水があふれるように津浪が来た。なるほどと思った。もろに津浪が根こそぎ松や町を破壊したりしなかった。徐々に水があふれ水かさがましてゆく、1.2メ-トルくらいの高さで確かに松も水にくぐったとしても松は倒れなかった。水の勢いがただ風呂の水があふれるように徐々にあがっただけだったからである。石巻の方を見れば前に何もない、海の前に島もなにもないからもろに津浪を受けて被害が甚大なものになったのだ。津浪の被害は今でも凄惨な感じがする。相馬辺りでも磯部は一軒も家がなくなった。石巻でもそうだが凄惨なものを感じてしまう。

しかし松島はそういう凄惨も被害はない、どこが被害にあったのだといぶかる。海に面した松や樹が倒れて流されたというがそれもほとんどわからないのだ。松は今まで通りあるからどこが被害にあったかわからない、牡蠣は被害にあって半分にへったという。今までは大きな牡蠣を出していたが小さな牡蠣でまずかった。そういう影響はあった。風景そのものは何ら変わっていないからほっとした。ちょうど春の日がさしていて海は穏やかに輝いていた。松島だけは地形によって救われた感じだ。

野蒜海岸でも前に大きな島がないから大きな被害になった。あそこの松は流された。

いづれにしろ松島は別に観光でも普通に行けるし違和感がない、石巻などは観光というわけにはいかない、まだ凄惨な感じが生々しく残っているからだ。それであそこだけは救われた感じがした。
風光明媚な風景は何ら変わっていなかったのである。

posted by 老鶯 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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