2007年09月08日

残暑(再び葛尾(かつろう)まで)

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夏菊やコンビニにより遠出かな

たどりつく片倉までや残暑かな

山蟻やまた一坂越えるかな

五つ石我がまた休み残暑かな

涼しさや日がなあふれぬ井戸の水

山路来て萩に野菊に薊かな

葛尾に入るや道の辺秋薊

山の墓所岩の墓建つ残暑かな

山深み家々離れ秋の蝉

山深み西日に薄迷う道

折り畳み自転車かかえ夏燕

葛尾(かつろう)へ日影の道の長々と未だ七キロ道遠しかな

山深み葛尾へ入る道長く待宵草のここに咲くかな

山深み道に迷いぬ西日没る秋の夕暮道遠しかな

山深み木陰のなして道の辻馬頭観世音人行くまれに

山深み知らざる道や家数軒五本松かな秋の夕暮


葛尾へBD1で行ってきた。残暑が厳しかった。今は同じ道しか行けない、でも今日はぐるぐる回ってまた同じ所に帰ってきた。一カ所別な道を選んだのでそうなった。旅は迷うことが旅なのである。迷うと意外な発見がある。車だと迷ってもすぐにわかる場所に出るから迷うことがない、バイクでもそうである。自転車だと片倉までとか五つ石(私が命名)とか目安になる。一軒茶屋とあったら歩いてそこで名物の団子を食えるとかうまい茶を飲めるとか目安として歩く旅があったのだ。車だと飛ばしてしまうからそういうことがないのだ。


片倉−五つ石−一軒店−これは目安となる・・ここで必ず休憩をとり水を飲んだりするからだ。トンネルをぬけた五つ石では焼き餅を売っている。ここの近くに石が何個か置いてありいつも休むから名づけたのである。それにしても山深い長い日影の道を行くと待宵草が私を待っているように咲いていた。まさに待宵草だった。山中深く咲いていてこの花をみる人はまれである。この花に気づかないだろう。だからこそ美しいのである。私は美しいのよとか見せびらかしているところに美はないのである。美は隠されたところにあるのだ。


迷って方向もわからなくなった。西日の没る方向に進んでいたのでこれはまずいと思っていた。途中タクシ−が野行はどこかと聞いてきた。標識が途中にあった。それでこっちも浪江はこっちですかと聞いたのだ。あの辺はわかりにくいところなのだ。磁石も浪江は海の方だから東のはずだと思っていたがそれがはっきりさしていない、なんとも不安になってしまった。あんな山中深くにも大きな馬頭観世音の石の碑が建てられていた。こんな山の中でも馬が通った道だからだろう。途中家が数軒ありただ井戸の水があふれているだけで人気がなった。昔はあういう井戸であり涼しがあった。


五本松というとここはまさにぴったり五本松だった。五本松という地名は非常に多い、目印になりやすいからである。近くの陸前浜街道の五本松は一本しか残っていないしそれも枯れてなくなりそうである。あそこの道は最近ほとんど行っていない、その松も見ていない、やはり人間はどうしても便利な道を行くから不便な道は廃れるのである。自分だけでもその道を通らないと何か廃れた道になってゆくように思えるから不思議である。道というのはそれたげ人間にとって血の通う道であり大事なものだからである。毎日通る墓所の前の道がこれほど自分に親しい道になるとは思っていなかったからだ。江戸時代でも街道の役割りはどれほど重要だったか今は忘れられているが道が今でも重要なことは変わりないから当時もそうだったのである。一日の旅でもこれだけの旅をしたのである。やはり自転車か歩く旅でないと人間的尺度でないから道も生きてこないのである。このつづきはあとにしよう。
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裏から見た墓の意外な姿の不思議

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