2012年02月06日

短き堺の日(詩)

 

 短き堺の日(詩)

淀川と通じ京都と結ばれ
三十石の船の行き交い
京街道の道,長い堤に残り
信長、秀吉、家康が
ここに熱い欲望を抱く
ポルトガルから鉄砲が入り
鉄砲鍛冶が起こり

南蛮吹が伝わり
銅より金銀の精錬
その産地は東北にもあり
煙草が入り煙草包丁が作られ
煙草は四国の貞光町のように
一大産業となり栄えをもたらす
東北の阿武隈山中に今も葉たばこ作る
名の彫られた数々の包丁の名器
呂宋(るそん)助左衛門のルソン壺
黄金の襖に南国の猿
その財故に秀吉に憎まれ
伝説と化したその行く末
一時信長にも逆らう自治都市
千利休が生まれた都市
信長、秀吉に抗う反骨自由の商都
豪商と武将の争闘
生み出された技と富
最初の自転車作りに活かされた
鉄砲鍛冶の伝統
女傑なる与謝野晶子が生まれ
開明の明治の華となる
君死にたもうなかれは
また国家への反骨精神なれや
歴史は重なり継がれぬ
「故郷春深し行々て又行々
楊柳長堤道漸くくだれり」
蕪村の行き来するはここか
土手に残る京街道の道
かしこ遠く離れしみちのくより想う
しかし三成は相馬藩にその旗印を残し
秀吉も会津に来れり
いつしか堺は忘れられその跡は
ただ遠き日の伝説にあれや
るそん助左衛門はいづこに消えし
その跡をたどるもならじ
往事の栄し面影は消えぬ
(淀川に京街道や冬鴎)

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