2011年12月07日

冬の蜂に刺される



冬の蜂に刺される

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冬の蜂死に際に刺し手ふくれる


冬蜂の死にどころなく歩きけり 村上鬼城


村上鬼城作
http://utorongo.otemo-yan.net/e134592.html


 村上鬼城(1865〜1938)は、若いころ司法官を志が耳を患い断念、裁判所の代書人で生活をし、22才で結婚し、二女をもうけますが、わずか数年で妻が他界。31才で再婚し二男六女をもうけますが、貧しさはますます厳しく、正岡子規に共感し「ホトトギス」に入門する。
 耳の病、妻の死、貧困と、苦しさの連続だった鬼城を再び不幸が襲います。昭和2年、61才の時、自宅が火災で焼失。



部屋の中に死んだように飛ばなくなっていた蜂にふれてさされた。蜂も怖い。これだけ毒がまわってはれた。熱がこもり痛くもある。その蜂は弱り死んだようだったが死んでいなかった。この句のつづきがあった。死にどころ探して死に際に強烈な毒だして刺した。それだけの力があった。自然も怖い。津波も最高に怖かったけどあんな小さな蜂にさされてこんなに毒でふくれると思わなかった。
体全体まで調子悪くなる、吐け気などにおそわれる。アレルギ-体質だとそうなる。スズメバチは本当に刺されたら即生命の危険にさらされる。それだけ毒が強いのである。人間も怖いが自然も怖いものである。


人間だって命ある限り死んだようでも死なないということがある。最期の抵抗をして死んでゆく。
それが意外と怖い面があるのだ。最期の力をふりしぼってかかってくることもありうる。鬼城の生涯も苦しみの連続だった。そういう生涯も結構ある。一茶などもそうである。自分は30年くらい実に平穏な生活だった。三食用意されていたし何か困ることもない恵まれたものだった。ところが5年前から苦しみの連続になった。家族に認知症かかえ右往左往してそれから自分も病気になり犯罪にあったり事故にあったりまた介護だとか不運の連続だったのである。最期に津波と原発事故だった。

そして冬の蜂にさされるというのもこれもたいしたことないようでも不運である。人間の一生でも不運な生涯は結構ある。戦争で死んだ人とか戦前は結核で死んだ若い人が多いし不運で死んだ人が多かった。戦後60年は平和で恵まれていたのだ。ここにきて津波とかでみんな悲惨なことを経験した。「人生はギャンブルだ」と言って原町の産婦人科の院長も今度は癌になったとか悪いことは重なるのである。この辺は何か変だ、原町で不審火で木材所が焼けたとか何か変なのである。この辺何か全体が不運におそわれているのだ。だからなかんか縁起悪い所なのかとさえ思ってしまう。これまでそう思わなかったが回りも自分もそうした災難つづきだから不安になるのだ。


ともかく明日医者に行くほかない、毒を出すのがいいらしい。あんな死にかかった蜂でもこれだけの毒を出すことに驚いた。人間も最期に毒をだす、意外とこれは怖いのである。弱った老人でも馬鹿にできない、動物は毒を出す、最期に毒を出して死んでゆくともなる。

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