2011年12月02日

南相馬市中央産婦人科院長の奮闘


南相馬市中央産婦人科院長の奮闘
http://www6.ocn.ne.jp/~syunran/

原発事故でいろいろな人が地元でテレビにでてくる。普通の生活していたら別に地元で関係しなければその仕事に関心をもつことがなかった。産婦人科などでも関心をもつことがなかった。考えてみたらここで産婦人科が奮闘しているのは放射線が妊婦と子供に一番影響すると報道していた。それで妊婦と子供が一番放射線について敏感になり避難した人が多い。宮城県の大崎の主婦が苫小牧に避難したというのも驚きである。そこで瓦礫を受け入れるなと抗議活動している。大崎など放射線量が相当に低いし誰も注目していないだろう。そんな人まで避難する必要があるのだろうかと思うし非難している人がいる。そんなに放射能に過敏になっていいのだろうかという疑問もある。結局放射能のことが一般人にはいくら説明されてもわかりにくいのである。そして現実に具体的にどう影響するのかも明確にわからない、ただ憶測だけが広がっているのだ。そのことがまた不安にもしている。


傷ついた遺伝子の修復能力も、尿中の排泄能力も、
からだの組織別の半減期も、数段成人より能力が高いのです。


このホ-ムペ-ジにでていたがたれは本当なのだろうか?子供は影響されるがかえってまた修復能力も高いというのは意外である。若ければ遺伝子も修復能力がある。それは若い人は細胞も若いのだから修復能力も高いということは素人でも想像できる。しかし放射能の危険は妊婦と子供については盛んに言われたしそのために子供を優先的に避難させた。これは科学的結果であり専門家も認めているものだから憶測ではないだろう。要するに放射能がどう実際に影響するのか科学的に実証されていない。それで記録を正確にとって後世に役立てるのが使命だと書いてある。
他にも泥に付着したセシウムは植物は吸収しにくいとかあり米にはさほど影響なかったという研究者の発言もあった。ある人は放射性物質は日本では雨が多いから雨と一緒に海に流れだすという人もいる。実際に阿武隈川の河口では


阿武隈川河口で放射性セシウム525億ベクレル


福島県伊達市内では、計1763億ベクレルに達した。放射性セシウムの9割以上は、水中の土砂に含まれており、河口までのダムで一定量はせき止められたとみられる。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111124-OYT1T01108.htm

これも日頃聞いているものからすると驚くべき量である。ということはやはり泥とか砂とかについてセシウムは流れだしている。それにしてもダムでせきとめたというがダムの水はセシウムに汚染される。その水を飲む場合もある。真野ダムの水は相馬市で利用しているのだ。真野ダムの公園のぬれた砂は10マイクロシ-ベルトとか高かった。砂とか泥にセシウムは付着していることはまちがいない、その砂や粒子や泥と一緒に河に流れて河口にそれだけのセシウムが計測された。ただチェルノブエリでは乾燥地帯であり雨が少ないから水で流されるということはない、日本では雨が多いから雨と共に海に流され放射線量が下がってくるというのも風土的にはそうなるかもしれない、しかし放射能の影響については実際はわかっていないのだ。未知な部分が多すぎるから福島県は放射能汚染の実験地帯だ、モルモットだと言われる。


あと1年も経たない内に、南相馬の病院は全て破産すると思います。多分南相馬村となってしまい
ます。南相馬崩壊するのをじっと待って狙っている市長がいます。


ねらっているいうのは相馬市なのだろうか、それしか考えられない、南相馬市と相馬市が仲良くないというのも意外である。同じ野馬追いをしているには解せないことである。ただ相馬市の病院が南相馬市がこういう状態だから繁盛しているだろう。自分も相馬市の病院に通うようになった。南相馬市は将来的に相馬市と合併する、相馬市主導でそうなる。そういうことはありえる、見えているのが現状なことは確かである
いづれにしろ産婦人科が一番放射能の危機を感じていたのはわかる。だからその重荷を背負ったのがここの院長だった。それなりの年であり南相馬市に長いから愛着がありテレビで見ていても好感がもたれる。「最後のミッションだ」というのも何か使命感を感じて奮闘した。


今回の津波や原発事故ではそれぞれが何か日頃の仕事が何なのか自覚させられた。日頃は何か使命感とかミッションとか大げさのもので仕事している人はいない、ところがこうした異常事態で仕事が奪われたとき仕事について考えるようになった。仕事しない人がふえた。特に農家の人などは仕事していない、それで仕事について考えるようになった。それで「万葉集の歌と心境が一致する避難者」というペ-ジが常に読まれいる不思議がある。それだけ仕事がなくなり仕事が問題になっているからだろう。第一確かに避難者が金をもらっても仕事をせずにパチンコ屋通いとか飲み屋通いというのは普通じゃない、そしてそんな生活がいつまでもつづいていたら心も荒廃してしまうだろう。避難者を受け入れた方にしてもその人たちの扱いに困ってしまうだろ。定住して労働するわけでもない、そしていつまでも補償を受けて生活するというわけにもいかないからだ。小高区の海岸近くは警戒区域の解除されるのは当然だろう。
放射線がもともと低かったのである。だから全部が避難させることに疑問だった。


ともかくここの産婦人科の院長は過労のためとも言えるのか、癌になって入院することになったのも不運である。悪いことは何か重なる。70代で仕事ができる年齢だがやはり無理がたたったのか?
病気を背負ってしまった。そして「人生はギャンブルだ」とテレビで言っていたのもわかる。人生は先がよめない、一寸先は闇だというのをこの辺でみんな経験したのである。自分も次から次と災難に見舞われた。これは一体何なのだろうとつくづく思った。まあ、津波で死ななくて良かったなとともかく思ってなぐさめるほかない。津波で死んだ人よりは良かったなと思うほかないのである。


I will be back


とメッセ-ジをのせていたが回復をお祈りします。

posted by 老鶯 at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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