2011年11月06日

ギリシャ人はなぜ働かないのか (ギリシャは日本の江戸時代とにているのかな?)


ギリシャ人はなぜ働かないのか

(ギリシャは日本の江戸時代とにているのかな?)


ギリシャに暮らせば・・・・
http://ameblo.jp/greeklife/theme-10001005043.html


ここのプログでギリシャ人は競争しないという、人と争うということをしない国民だという。
頑張るということもしない、勉強するにも競争心がない・・・・・実際に住んでいる人の報告だから納得する。

日本とはまるで考えられない国民性であり社会がある。日本では毎日毎日がんばれよ、がんばらねばならないとかどんなことでもがんばらねばならない、そしてがんばれないものはおちこぼれになり自殺するほかないのだ。そういうことが社会的におしつけられているのだ。ギリシャでは自殺する人は考えられないというとき、がんばることを強いられないからそうなっている。みんな助け合うとか協調的なのである。日本でもそういう時代があったのでは?江戸時代などは今の社会とは全く違ったものだったらしい。江戸時代の人はこんなに勤勉でがんばって働かねばならなかったのか?そういうことが疑問である。これほどにがんばることが強いられるようになったのは明治以降の近代化の結果である。明治以降から社会がまるで変わってしまったのである。日本は西欧に追いつくためにものすごくがんばらねばならなかった。富国強兵であり近代化のために様々な改革をしてきた。だからどこでもがんばらねばならない、働くことも江戸時代に比べると女工哀史があるように働きすぎるくらい働かねばならなくなった。こういうことはヨ-ロッパでも工業化して機械化して産業化したとき生産性が急激にあがりtime is moneyというように分刻みで働かせられるようになったのである。ヨ-ロッパでも近代工業化する前はそんなに時間に追われて働いていないのだ。


日本の社会は異常にかんばらねばならない社会なのである。もちろんそれだからこそ経済大国になり明治維新以降も富国強兵で西欧列強に並ぶことになった。ギリシャなどはそもそも工業化もしていないし産業もない社会であるからこそ昔ながらののんびりした協調的社会になっていた。やはり江戸時代的なところが残っていた社会なのである。それはギリシャの国民性というだけではない、世界中でこんなにがんばらねばならない社会になったのは近代化工業化した資本主義が世界に普及した時からだったのである。日本では明治維新以後どれだけがんばらねばならなかったか?戦争でもがんばり死ぬほどがんばり実際に400万とか死んだのだからそれくらいがんばらねばならない社会になっていた。小さな資源もない国で世界に伍するためにどれだけがんばらねばならなかったか、戦争に負けてもそれは高度成長時代もつづいていたのである。


ギリシャは本当に人間がのんびりしている。バスにのっても金をとらないときがあった。そういうところも観光で食べているから観光に来るものに寛大なのかと思っていた。それだけではなくそういうおおらかな国民性もあった。だから観光した限りでは一番過ごしやすいし親近感をもった国だった。それはやはり国全体が近代化工業化していない国だったからということも背景にあるのだろう。国民性としては地中海沿岸のイタリアとかスペインとかもラテン系でありのんびりしている所がある。
気候も関係している。近代化工業化したところはドイツとかイギリスとか寒い国だった。そこは勤勉になり近代の工業化の先達となった。日本は勤勉な国だったと盛んに言われるけど江戸時代にはそう思えない、そんなに働くことは強いられていない、もちろん勉強だってそんなに強いられてしていない、そもそも親の跡を継ぐのが普通だからそんなに頑張るということはない、自然と親の見よう見まねで覚えるということがある。そんなに頑張らなくてもいい社会だった。だからギリシャではヨ-ロッパのリゾ-ト地として最適だった。息ぬきには最適の場所だったのである。だから別荘をもっている人が多かったのである。


ではなぜギリシャではデモがあれほど激しいのか?デモは今だけではない、前々からデモをしていてそれが過激なのである。警察を信用していないとか政治家に対する反発とかありデモが激しくなる。国民性としてはのんびりしていて協調的でも上のものに対しては反発が大きい。それがデモクラシ-の発祥の国として継続した心情なのかわからない、日本のようにお上に従順ではない国民である。
日頃のそうしたのんびりした温和な生活感覚からすると激しいデモがなぜ起こるのか理解しかねる。今だけではない常にギリシャではデモが起きていて過激だったのである。今は諸々の事情で極点に達した。

ギリシャ人はなぜ働かないかというとき、逆に日本のように異常なほどがんばらない、がんばらなくてもいい国だったのである。その頑張らないということがまたマイナスとして働いた。そういうふうにのんびりした国でありえたのはやはり近代化して先進工業国となったドイツやフランスなどの後押しがあったからである。だから働かない人のためになぜ自分たちが金を出さねばならないのかとフランスやドイツ人は怒った。実際にギリシャ人がその緊縮財政をのむことは本当に厳しい。給料は三割減るは退職金なしだとかとてもその要求をのめるような条件ではない、だからといってその条件をのまないなら金は出さないと言われている。のんびりしていいがそれなりの贅沢をするには自国で近代化工業化しない、日本のように頑張らないからそういうことを他国からおしつけられたとなる。日本は異常に頑張る国となりそこで江戸時代ののんびりした良き協調的社会も失われた。一方で世界に伍するには異常なほどがんばらねばならなかった。そういう矛盾があった。


後進国に行くと昔が残っていてなつかしいということがある。それはやはり近代化工業化の先端を走った国が喪失したものがそこにあるから
である。ギリシャが観光だけなら気持ちいいのはそのためである。そういう国は他にもある、のんびりしている国がまだある。そこで心がいやされるのである。江戸時代に帰ったらやはりギリシャに行ったような気分になることは確かである。人々は和やかで協調的でありみんな幸せそうだったというのはそのためである。近代化工業化はさけられないものにしても人間に不幸ももたらしたのである。


roba22222.jpg
http://animal.myds.jp/animal/donkey/

のろまのロバ、もっと働けよ

なにを、のろまでいいんだよ
ここじゃみんなのろまなんだよ


そんなふに働かせるやつはここでは追い出されるぞ
のろまでいい国なんだよ
それでみんな和気あいあいなんだよ


それなら藁だけ食べて満足しなよ
贅沢を言っちゃだめだな

働かなきゃぜいたくはできんのだからな

給料へるからと文句も言うなよ
働かない人はぜいたくはできないんだよ



 



 

posted by 老鶯 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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