2011年10月08日

秋風(五輪塔に残る歴史)


秋風(五輪塔に残る歴史)


gorinnttou111111122.jpg

waremokouuu11111.jpg


金木犀ここに匂うや夕暮れぬ


我が帰るいつもの道や秋の蝉


この道や残り少なく秋の蝉


古りにける五輪塔や秋の風ここに吹きにつ謂われ伝えむ


牛越城望みつ暮れぬ五輪塔電車通らず秋風の吹く


彼岸すぎて誰か参れる故郷の墓所の静かに秋の夕暮


ワレモコウ薊野菊や野辺の道草むら深く夕暮るかも


素朴なる人と暮らしてその村にともに眠るは幸いなるかな

原町の線路の近くの上高平の五輪塔はかなり古い、それは向き合っている牛越城のあった山と深く関係していた。謀叛がありその時に功績があった。歴史はその場所と深く関係している。take placeであり事件でもどこで起きたかが問題になる。あの五輪塔はいかにも古いのである。五輪塔があるということはやはり古い墓だとなる。もちろん最近建てられた五輪塔は違う。五輪塔が一番多く建ったのは鎌倉時代である。だから鎌倉には五輪塔が多いのである。江戸時代になったとき江戸の百万都市ができたのでありそれまでは鎌倉であり江戸については資料がないというのも何か歴史は過去は錯覚することが多いのである。江戸百万都市ばかりを思うから鎌倉はその前にあったことをイメ-ジできなくなっているのだ。あの五輪塔には名前がないか青田氏のものであることはまちがいないだろう。
今は常磐線は草に埋もれて通らない、すると余計に牛越城のある山にまっすぐに向き合っている。時代が逆戻りしてしまった。古墳でも何でも歴史的なものは場所が深く関係している。だからその場に立ってみないとわからないのである。これはテレビなどで見てもわからない、地理はその場に立ってみないとわかりにくい。一部分ではなく回りを俯瞰しないとわからないからである。

南相馬市原町区上高平の五輪塔の謎
http://musubu2.sblo.jp/article/36245436.html

それにしてもこの辺は電車は通らない、原発の近くは町村が消滅するとか考えられないことが起きている。もし市町村が消滅したらその歴史も消滅する、そういうことがありうるのだろうか、ダムに村が沈んだだということはあった。でも小規模であり浪江とかでも2万人とかいるし他も6000人とかいる。そういう町が消滅するということはどういことなのか?双葉町だって江戸時代から相馬藩内であり人が住んでいた。するとそういう歴史も失われることになる。原町に残っている五輪塔から過去をふりかえる。しかしもし町村がなくなったら墓所すらなくなり神社とかもなくなり元の自然に帰ってしまうのだろうか?そういうことは考えもしなかったから想像できない、いろいろなものが失われる。飯館村だって葛尾(かつろう)村だって江戸時代から住んでいた。そういう歴史が断たれてしまうのだろうかとなる。
今日はバッグを忘れた。それがス-パ-内でなかったが届けてくれる人があった。本当は警察に届けるところをス-パ-に届けてくれた。でも警察に届けると同じだからお礼をすることにした。若い人でありよく届けたと思う。若い人は何かちゃらちゃちしているいいかげんに見えるがまだ歳とった人よりモラル的にいいのかもしれない、まず50以上はモラルがない、大人だから分別あると思ったら大間違いである。分別あるのは80以上であり50から60代はまるでない、この世代はまた欲が深くなっているから金がすべての世代だから怖い。この世代の人をヘルパ-とか手伝いとかなるとよほど気をつけないといけない、家に入れる人は最大限を気をつけないと痛い目にあう。
ただ田舎だとまだまだバックなどス-パ-に忘れても他でも意外と誰かが届けてくれたりするから田舎はその辺が違っていると思う。でも家の中に入れる人はよくよく気をつけないと今はだめである。50以上の人は最大限を気をつける必要がある。結局子供や若い人がまだいいのは欲がそれほどないからでてある。まだ純真なところがあるからだ。親子にしても子供も30以上とかなると財産だけが欲しいとなってしまうのが普通である。そして年取って淡白になるとか今はならない、年取るとますます欲が深くなるのが現代である。それだけ金の力が大きくなっているからだ。金なくしては何ら力をもてないと育ってきているからである。田舎が素朴でいい時代は終わった。自分が素朴だと思った人は病院で出会った80近い人と馬鹿正直な85才の女性だった。あういう人はまだ素朴でありそういう人とその土地で最後に暮らして墓に入りたいとなる。ただ今は放射能騒ぎでそれもかなわなくなったらどうなるのか?死に場所すら奪われたとなるのだ。
ワレモコウ あざみ 野菊・・・秋らしい、それはまだ草むらに咲いている。しかし回りはぼうぼうとした枯野になってしまった。草茫々の枯野であるから異常である。こういう風景もまともじゃない、人間の正常な生活が津波と原発事故で奪われたのである。ただ田舎だからまだ風景に素朴なものが残っているのだ。まだ秋の蝉が鳴いている。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/48386680
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック