2011年09月17日

残暑の蝉の声


残暑の蝉の声

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朝静かすずろに虫の鳴きにつつ庭の石にし我が向き立ちぬ


我が庭に木槿桔梗と咲きにける手水鉢の水澄みし朝かな


森深く今ひとしきり蝉の声ここに満ちにつ夕暮れにけり


街中に蝉の音聞こえず森になお蝉の声満ち夕暮れにけり


盆栽を仮設に置きてあわれかな帰る日いつや秋となりにき

 


秋なんだけど今日もまだ暑い、木槿は一日咲いて散る、それがわかったのは庭に植えてからである。この木が植えて一年くらいだから大きくならない、外で見るのは木槿が一杯さいているから散っているのがわからなかったのである。茶室は介護部屋になってしまったからないが手水鉢はある。
森にはまだ蝉がまとまって鳴いている、秋の蝉という感じがしない、秋の蝉というと一つ二つくらいが遠くから鳴くのが聞こえるとき秋の蝉の感じになる。町の中でもこの辺だと鶯の声も聞こえる。回りが自然だからそうなっている。東京辺りだと街しかない、延々と街しかない、仙台辺りでも街がつづき街が途切れることはない、そういうところは疲れる。回りに自然がないこと自体、人間の生活は異常になる。ともかくちょっと町を出れば森があるからそこに蝉の声はまだびびいている。今年はまだ残暑なのである。
仮設住宅に盆栽を置いているのをみると何か日本はもともと長屋に住んでいたのでそれで盆栽趣味など合っていたのかとも思う、広い庭は必要ないからだ。もちろん広い庭をもっている裕福な人がはじめた趣味かもしれない、でも長屋のような所でも盆栽一つくらいは置けるのである。仮設住宅は長屋の再現だった。実際に相馬市で長屋風の老人の共同住宅を作るというのもその発想からきている。長屋はアパ-トとも違っている。人間は昔のことを相当に錯覚している。長屋だと言っても実際は今になるとイメ-ジできないから勝手にイメ-ジしている。今の時代からイメ-ジするが実際はそういう場所がどういうものか錯覚してイメ-ジしているのだ。


鎌倉市があるがそこは実際は非常に狭い場所であり不便な場所である。要害の地としてあそこが選ばれた。それで錯覚していたのが江戸はその時全くなかったことである。江戸になればもうすでに百万都市であり巨大な都市だった。鎌倉時代は江戸はまだ荒野のような状態だった。そこがイメ-ジできなくなっていた。あれだけ江戸や東京という存在があるとそこが鎌倉時代からあったように思って鎌倉を見ていたのである。そういうことがちょっとした地元の人の指摘でわかった。地元の人はやはりそういう見方ができる。鎌倉時代を考えるとき江戸がなかったということをイメ-ジしない限り過去を誤解するのである。いづれにしろ歴史は今から過去を見るから誤解や勝手に作り上げたものが多くなる。実際の事実とも現実とも違ってみているのである。

 
 
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