2011年09月07日

放射能汚染で無人化する村に猪が増える (周辺に猪が増え広がり害になる)


放射能汚染で無人化する村に猪が増える

(周辺に猪が増え広がり害になる)

●対馬藩の猪対策


対馬藩は10万石の格付けであるが、山がちで平野の少ない対馬では米4,500石、麦15,000石程度の収穫であり、藩収入は朝鮮との交易によるものであった。作付面積のうち最も多いのは畑で、それに次ぐのは「木庭(こば)」とよばれる焼畑であり、検地では「木庭」も百姓持高に加えられた。また、石高制に代わって間高制という特別の生産単位が採用された。
17世紀後半は、日朝貿易と銀山の隆盛から対馬藩はおおいに栄え、雨森芳洲や陶山鈍翁(訥庵)、松浦霞沼などの人材も輩出した
http://tsushima-otoriyose.com/archives/11


「生類哀れみの令」(動物を殺したら死刑だ法)が出ているさなか、それでもイノシシ害に耐えかねて、島ぐるみで9年かけてイノシシを殺しまくり、ようやく全滅させることができた。
 住民は「イノシシ害から解放された」と焼き畑をばしばし広げまくる。
 20年後。
 木は刈り尽くされ、山は荒れ、土砂崩れも起き、土地もやせ、収穫もがた落ちに!
 一世代の間に、ひどい状態になってしまった。
 それに懲りて”焼き畑禁止”の令も出されることになる。
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-397.html


対馬を九つの区画に区切り、柵を作り、農民に銃の扱い方を教え、冬場の農閑期を利用してイノシシを一区画ずつ殲滅していく方法により、9年後には対馬からイノシシが姿を消しました。狩られたイノシシは8万頭、動員された農民はのべ23万人にのぼります。

対馬と島原半島におけるイノシシ害:対馬地区のイノシシは近年人為的に持ち込まれたものである

猪の最新ニュ-ス

対馬か九州から泳いで上陸?



  イノシシの生息が確認されていなかった玄界灘に浮かぶ長崎県・壱岐島(壱岐市)で昨年から今年にかけ、イノシシの
死骸や似たような足跡が相次いで見つかった。


  上陸していれば農作物などに被害を及ぼす恐れがあるだけに、壱岐市は自治会や警察などと連絡会議を発足させ、わなやカメラを設置して本格的な対策に乗り出す。
http://32259407.at.webry.info/201106/article_17.html




●万葉集時代からあった猪の被害


魂合はば相寝むものを小山田の鹿猪田禁((シシタモ)る如く母し守らすも 』(万葉集巻第十二 3000)


鹿猪田は鹿猪が出て荒らす田の事で、禁るとは立ち入らないように監視する事です。
この意味は難解で定まった解釈はない、小山田というのはもともと山間にあり猪が出やすい場所だったのである。


安積皇子が天平十六年正月十三日に十七歳の若さで
亡くなったのを痛み、大伴家持が詠んだ歌六首の中に、


『わご王 皇子の命 もののふの 八十供の男を
召し集へ 率ひ賜ひ 朝猟に 鹿猪ふみ起こし
暮猟に 鶉雉ふみ立て』(万葉集巻第三 478)


とあり、安積皇子が、まだ寝入っている鹿猪を踏み起こして
朝猟をするというのですから、都よりそう遠くないない場所で、
鹿猪は走り廻っていたのでしょうか。

安達太良の嶺に臥す鹿猪のありつつも吾は到らむ寝処な去りそね』(万葉集巻第十四 3428)

鹿や猪はいつも同じ場所に寝る習性があるといい、
そこを襲う方法もありました。習性を知らないと動物の狩りはできない、熊刈りでもそうである。

万葉時代から猪の害は深刻だった。安達太良も鹿と猪の住み処だった

新墾田の鹿猪田の稲を倉に蔵みてあなひねひねしわが戀ふらくは』(万葉集巻第十六 3848

鹿や猪に荒らされる前に多少条件が悪くても
早めに刈り取り倉へ貯蔵しておかなければなりません。



鹿猪垣について
http://www.sukima.com/08_hida00_02/02shishigaki_.html


「小豆島には、万里の長城のミニ版がある。延長120キロに及ぶ、という土塁と石垣の鹿猪垣(ししがき)だ。明治時代初期まで、サツマイモや野菜などを狙って山からやってくる猪の侵入を防いだそうだ。」
長大な猪垣を作っていたからいかに猪の害が大きいのかわかる。

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●猪が増えすぎても減りすぎても困る(生態系のバランスが大事)


狩られたイノシシは8万頭、動員された農民はのべ23万人にのぼります。


猪の被害は甚大だった。対馬は山ばかりで平地が少ない、その山は高い山ではないから焼き畑に適していた。猪がいなくなって焼き畑が盛んになり自然破壊が起きた。猪がある程度生息するような自然環境が人間にとっても必要だった。だからその島にもともと住んでいた種を絶滅させることは人間にも危険なことだった。焼き畑も稲作も自然破壊だったのである。農業自体自然破壊だった。そうしなければ人間は住んでいけないし人口もふやすことはできない、対馬のような所では平地がまれなのだから稲作もできない、朝鮮との貿易で栄えることくらいしか方法がない、今では韓国人の観光客がおしよせてホテルを建てるために用地が買収されていることで問題になっている。

猪がまた対馬に増えて長崎県・壱岐島(壱岐市)まで泳いできたということは驚きである。猪も増えるとそうなるのか、対馬なでも生存数は限定されるからそれを越えると海をわたる。人間でも北朝鮮辺りから政変があれば日本にヤハな船でも渡ってくる。猪も泳げば鹿も泳ぐ、島なら適当な距離なら泳いでわたるのだろう。つまり猪の害が壱岐島まで及んでくる恐怖がある。

壱岐島は九州に博多などに近いからその周辺に渡ってきて害になることもありうる。そういう恐怖が飯館村に人が住まなくなって現実となる。ともかく原発事故での影響は生態系にど影響するのかわからないし住民はどうなるのだろうかとかみんな困っている。今日もNHKのクロ-ズアップ現代で浪江町の問題を追求していた。町が消失する危機になっている。もし町が消失したら野生の楽園になるとかは猪のことでならないことがわかった。日本は狭いからチェルノブエリのようにならない、猪が消失した町内に増えたら大変である。繁殖力が強いのだから大変である。浪江の山中は放射性線量が特別高い地域なのである。生態系のパランスが崩れるとその周辺にも大きな変化や害を受ける。日本は特に狭いからそうなのだ。対馬の問題は猪を絶滅させたことが焼き畑をふやして自然破壊になった。そして人間も住みにくくなった。猪は害だからと全部駆逐することは危険なことを警告している。ただ増えすぎると人間にとって害になるから駆逐せざるをえないのである。


ここを参照して書きました
http://musubu2.sblo.jp/article/47693562.html#comment

posted by 老鶯 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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