2011年08月29日

お盆に死者が帰ってくる?


お盆に死者が帰ってくる?

 


私は敗戦直後に生まれた。小学時代まで戦争の痕を社会が引きずっていた。
シベリアに抑留された弟の帰りを待ち、ついにその希望をかなえられなかった人がいた。


その墓地の奥行きは広く、以前来たときの記憶があいまいなものだから、周辺を行ったりきたりして捜した。「夢」とだけ刻まれた墓を捜すのにゆうに30分かかった。寒いのに汗が滴った
http://www.sogi.co.jp/sub/zuiso/danshou.htm#pagetop


お祭りをやったりします。墓地の上で人びとは踊り出すわけです。そうすると、死んだ人間が生きている人間の世界で一緒になって立ち上がってくるということが起こる。死人と一緒に踊るんです
http://www.kosmos-forum.org/forum/03/repo03.html

 


祭りはそもそも祀りだから死者を祀ることから始まったのだから死者を祀るは祭りになるのは当然だった。政(まつりごと)とは政治のことだけどそもそも死者を祀ることが政治のはじまりだった。死者におうかがいをたててまつりごとが始まった。誰が王のあとを継ぐかは死者を祀ることから始まっていたからそうなる。だから日本では祭りがお盆あたりに集中するのはそのためである。
死者を迎える祭りが起源になっているのが多いのである。祇園祭が東北で起きた貞観津浪で死んだ人を弔うことから発しているというのを知って驚いた。祇園祭も疫病で死んだ人々を祭り弔い疫病にならないように神に祈る祭りだったことは確かである。蝦夷を弔うということもあったかもしれない、それだけ古い由来があるのが京都や奈良である。
お盆は仏教とは関係ない、日本古来の習俗なのだろう。仏教が日本の習俗化したものなのだろう。祭りは縄文時代からあっただろう。死者を祀ることはそれだけ古いからである。人間が死ぬということは一番記憶に残ることでありだから死者を忘れないためにも祭りがあった。現実に祭りには何の由来かさえわからないものがある。それだけ古いからそうなった。でも祭りは継続されているのだ。祭りは極めて日本的文化なのである。だからフランス人が日本の祭りを見て歩いていたというのは日本文化を知るには一番いい方法だったとなる。でも日本人でも祭りを見るのはむずかしいから祇園祭でも何でも見ていない、見れないのだ。まず祭りの時期は混むし暑いから外に出たくいから祭りを見ていないのである。だから日本人でも祭りを知らない人が多い。祭りの中にその土地の歴史のエッセンスがつまっていることがある。でも祭りはなかなか実際に見ることがむずかしいのだ。


お盆に死者に会うというとき今日不思議な夢を見た。死んだ姉が近くの世話になった人と一緒に家に帰って部屋に上がろうとしていた。その女性は姉が認知症になってから唯一つきあってくれた正直ないい女性だった。同じ大正生まれであった。生前はそれほどつきあいがなかった、というよりは馬鹿にしていたということがあった。でもその人は正直であり金を10万借りても恩義を感じて必ず返していた。そういう馬鹿正直な人であった。戦後生まれではそういう人はいなくなった。義理人情に固い人である。義理人情など古いとなるがこれはやはり日本人が古くからもっていたモラルだった。今は義理も人情もなく金だけだとなっていることでもわかる。殺伐とした世界となったことでもわかる。そういう人々が多いということ情に厚い人間が多いということはそれだけ貧乏でも助け合いモノの足りなさを補うということができたという反面もあったのだ。
今は金しか通用しないし金でしか人との関係はなくなった殺伐とした世界だから義理人情など古いということはまさに金だけの社会になった異常性を示しているのだ。


その人には世話になったということでお盆だから墓参りしようとした。でもその墓が前も探したのだがわからなかった。同じ近くの墓所にあるのだから簡単に探し得るものだと思っていた。花でもあげようと探したが見つからないのだ。同じ姓の人の墓はいくつかあった。姓としては多いからどれなのかわかりにくいのだ。「夢」という墓を探したというのとにている。そして今日姉がその女性に連れられて自分の家に来た夢を見たのも不思議である。姉は陽気な人だからやっぱり笑っていた。死者はもしかしたら生前親しかった人と世話になった人と一緒に来るのかもしれない、生前親しい人と一緒にあの世にいるのかもしれない、だから病院で死ぬのが多いから本当は医者看護師の役割は大きい、死者を絶えず看取っているからだ。死ぬとき看取られるのが医者であり看護師になるからだ。今はそういう時代になったからだ。するとただ体だけをみるだけでいいのかともなる。そこまで配慮する人は少ない、タ-ミナルケアをする病院はまだまれである。病院はかえって死体処理場のようになり無機質な場所でもある。だから死んだら早くかたづけてくださいということになる。何かモノのようにかたづけられてしまうのである。

ともかく人間の出会いはそもそも不可思議なものではないか?誰と誰が出会うかは本当に不可解なことであり不思議なことである。親子さえそうである。親子すら一つの人間の出会いなのである。なぜなら親子すら別れて無縁化していることも結構あるからだ。血縁だけで出会いが決められるわけではない、出会いには不思議なものがある。なぜこの人と出会ったのか結婚したのかとか家族になったのかと不思議なのである。だから神の巡り合わせだとかなってしまう。そういう結論になること自体、出会いには何か人間を越えた宿命的なものが働いているからそうなる。出会いといってもただ店でモノを買ったから店員と出会うなどはない、出会いは何か深いつながりを感じる時なのだろう。でも出会いにはいい出会いばかりではない、出会っても別れて永遠に会わない人もいる。

それから例えば悪い人と出会う場合がある。さらに深刻なのは殺されるような悪い出会いもある。でもよくよく考えるとこれも不幸な出会いの一種なのだ。そういうのももしかしたら出会いなのかもしれない、あの人を殺したい思うようになったときそれは浅からぬ深い縁が生じていたからかもしれない、そういう人はこの世にいくらでもいる。それは宿命的な出会いであり因縁があり因縁が生まれたからかもしれない、人間はこの世でいい出会いと悪い出会いを経験する。いい人とばかり会うということはない、だからこの世なのである。いい人ばかりいたらこの世が天国になっているからだ。


いづれにしろ鎮魂の野馬追いというのも不思議だった。野馬追いは別に死者を弔うという謂われはない、それでも妻が死んで法螺貝を鳴らしたときそれがお経の弔いのようなものになった。それも不思議だった。津浪から原発事故とそうした不思議なことが毎日のように起こっていたのがこの辺なのである。これだけの津浪の死者となると国家的にも弔わねばならないともなった。8月も終わるにしてもやはりまだお盆の時期なのだろう。だから死者が夢の中で家に来たというのもわかる。盆踊りも死者を祀るためのものであり死者と一緒に踊るものだった。死者と踊るというと何か変だけど時間がたてば死者を悲しむばかりでなくて死者と一緒に楽しく踊るといかこともありうるのだろう。祭りは時間がたては死者を祀るものだという意識がなくなってしまうからだ。

 
 
 馬鹿正直な大正生まれの女性死ぬ
http://musubu.sblo.jp/article/43544993.html
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