2011年08月08日

悪想念を一掃するため東京から西に大地震大津波が起こる


悪想念を一掃するため東京から西に大地震大津波が起こる


●幕末から明治時代は大地震が頻発


巨大な天変地異もまたその流れの中に有り、これから地球という生命体が、人類の悪想念という雲(悪想念エネルギー)を払うため、自浄作用として地殻の活動を活発化させると思います。
http://thelawsofgod.jugem.jp/?eid=225


二千年という時間は、神の目から見ればそれほど長い時間ではなく、地上の文明の軌道修正と浄化が必要になることがあらかじめ分かっていて、人類に警告されているのである


1853年嘉永小田原地震
1854安政東海地震
1855年安政江戸地震
明治時代1868
1894年明治東京地震
1923年関東大震災。
首都圏は、関東大震災を最後に、大地のひずみを解放し、静穏の時代に入ります。


この地震の連続も規則性があった。明治時代がはじまる前のわずか10年前から幕末-明治維新の激動の時代だった。その時地震が活発化していた。そして最後に関東大地震で10万人が死んで一連の地震は集束した。それから約100年でまた大地震とかつてない大津波が来た。

不思議なのは江戸時代でも海の方に盛んに開拓されて稲作が行われて白砂青松の景色を作った時代は比較的平穏だった。もしこの時代に仙台平野とかが大津波に襲われていれば大規模な開拓はしていないのである。三陸は津浪が宿命的にくりかえす場所だから仙台平野とは別なのである。


地震と想念が何の関係あるのかとなるが地上に悪想念が満ちるとき自然も神も怒る。そもそもこの地は人間のものではない、神のものである。人間のものは一つもない、その地も海も山も森も全部が神のものであり人間は神から土地も借りて住んでいるのであり人間のものはそもそも何一つない、みな神が造り神が人間に与えたものなのである。だから神のものを粗末に扱えばどうなるのか?確実に神が罰を与えるのだ。江戸時代の三百年は比較的なぜ天変地異も少なく人々は平和に暮らせたのか?明治時代に訪れた外国人が日本人はみな幸せそうな顔をしていたという。今のような豊でも不幸に沈んでいる顔ではなかった。なごやかな穏やかな顔が多かったのである。ところが幕末から明治維新と激動の時代になった。この変化は余りにも大きすぎた。それと同時に地震も多発したのである。貞観時代も蝦夷征伐のあとであり奈良時代は今の明治時代だった。この時も社会は劇的に変化した。奈良時代と明治時代はにていた。最も国家を意識した時代だった。自然の災害と人間社会の変動期が一致している。これはまだ科学的には検証されていない,でも研究する価値がある。歴史は神話の時代からあり未だに解明されていなのだ。


●アトランティス文明の運命が待っている


人間にとって想念の影響は意外と大きい、その想念が清浄な自然に影響する。すると清浄な領域に住む神もその人間の悪想念に耐えられなくなる。ある程度は許しても今のように巨大文明化するともうその影響は神にとって耐えられないものとなる。それで悪想念を一掃するため天変地異が起こす、易性革命を起こす、天の力、神の力が働くのである。高度な文明がアトランティス文明が海に沈んだというようにそうなることもありえる。


大陸と呼べるほどの大きさを持った島と、そこに繁栄した王国のことである。強大な軍事力を背景に世界の覇権を握ろうとしたものの、ゼウスの怒りに触れて海中に沈められたとされている。


ギリシャ神話が形成されたのは2千年から3千年前である。しかしプロメテウスとかの神話が原子力の火として現実に人類滅亡の恐怖として災いをもたらした。それが身近で起こったことはこうしたことが再度起こりえる。それほどの大きな津浪の恐怖だった。次に東海南海大地震が起こり今度は東京から西が大災害にあう。その辺は東北より想念は何百倍も悪化している。
悪想念の黒煙がもうもうと立ち上っている。それは放射能のように目に見えなくても神の眼には見える。東北の大津波はその前兆であり警告だった。本番は東海南海地震なのである。だから本当に東京から西の大都市は危険である。東北の放射能から逃れろと盛んに西の人が大阪の人達が面白半分に言っているが本番は東海南海地震でありそこは標的になる。悪想念からしたらどうしてもそうなるからさけられないのである。10万規模の死者が出るかもしれない、首都機能は停止してしまう。その前にゾトム、ゴモラが滅びる前に逃れるほかなくなる。東京より西は実際は東北より危険である。


悪が地上に満ちたから神は大洪水を起こした。ただノアだけを方舟で助けた

ソドム、ゴモラは神の怒りで一瞬に滅んだ
迷宮と化してクレタのミノス文明は滅びた
アトランティス文明も神の怒りで海中に沈んだ


ミノス文明も、紀元前1400頃、突然、歴史から消滅する。その原因は、2つ考えられている。1つはギリシャ本土から南下してきたミュケナイ 人に滅ぼされたという説。もう1つは、サントリーニ島で地球規模の火山爆発が起こり、その地震と津波で滅んだという説である。
 http://www.benedict.co.jp/Smalltalk/talk-4.htm


過去にあったことは必ず現在にも起こる。2千年前3千年前の神話も現実から伝えられた。全く空想ではないから起こるのだ。そういう危機の時代に突入したのである。そして巨大に複雑に文明化した世界はもはや想念を鎮めることができない、悪想念はもう目に見えないが多量の放射能として地上から消えないように出てきて堆積している。核というタブ-に手をつけた人類は危機なのである。その危機に対する認識があまりにも甘すぎたのである。


近いうちに必ず起こる東京大地震で東京も壊滅確定 被害額112兆円
http://blog.livedoor.jp/omoidesokuhou/archives/2417929.html


●古代の遷都の理由も悪想念を一掃するため



 601年 斑鳩宮 聖徳太子
 630年 岡本宮 舒明天皇
 636年 田中宮 舒明天皇
 640年 厩坂宮(4月) 舒明天皇
 640年 百済宮(10月)  舒明天皇
 642年 小墾田宮 皇極天皇
 645年 難波長柄碕宮 孝徳天皇
 656年 岡本宮(両槻宮・吉野宮も造営)斉明天皇
 667年 近江宮 天智天皇
 672年 飛鳥浄御原宮 天武天皇
 694年 藤原宮 持統天皇
 710年 平城宮 元明天皇
平安遷都までも、紫香楽宮、難波宮、甲賀宮、長岡京と新宮の造営が行われました。


水銀が命絶つ「遷都の原因は大仏建立による公害」仮説唱える
http://lbv.jp/case/mercury_story.html



なぜこれほど遷都しなければならなかったのか?遷都することは一新することである。一カ所に人間が留まるとそこはたまり水のように汚れるからである。気も汚れるし怨霊もそこに留まる。怨霊もその土地に巣くうので逃れた。最近の説では公害説もでてきた。ともかく場所を変えることにより一新させるためである。今だって場所を変えれば気分も変わる。一カ所にいるとどうしても心も濁る。悪想念が一カ所にいるとたまる。想念の影響は思ったより大きいのである。古代には広々としたフロンティアが荒野が回りに常に広がっていたから可能だった。人間にはどうしてもフロンティアが必要だった。ヨ-ロッパのフロンティアはアメリカだった。日本は北海道だった。北海道は今もフロティアとしてあり本州とは空気まで違っている。まだ怨霊とかが巣くっていない、アイヌはいたがそれは素朴な人々でありその人たちの伝説は残っている。現代の不幸はフロンティアが喪失したことである。宇宙に求めても得られない、結果的にもうフロンティアがないからアトランティス文明のように汚れた都市は都は海中に沈むほかない、滅びるほかない、古代において東北はフロンティアではない,日高見の国がありこっちの方が日本国の起源だというとき東北の歴史はそれだけ古いのである。縄文時代は東北の方が人口が多く栄えていたからそうなる。
posted by 老鶯 at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/47247778
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック