2011年08月06日

山は死者の眠る神聖な所 (科学万能主義の危険-原発事故の原因)


山は死者の眠る神聖な所
(科学万能主義の危険-原発事故の原因)



祖父の山放射能にけがされてその眠りしも安からならぬも


祖父の霊山に鎮まるその山を放射能けがし山神怒らむ


人住まぬ山となれるや祖父の山誰か祀らむ山神淋し

今起こっていること何なのか?浜通りというと海岸線だから海を糧にした生きてきたように見えるけど漁業より農業が主である。仙台湾辺りまでそうである。漁業が主なのは三陸や岩手県のリアス式海岸である。そこで田を作る平地がそもそもないからだ。ただ海の恵みは豊だった。
仙台平野は稲作のために開拓された土地であり漁業とは関係していない、つまり稲作が主だというとき実は山との関係の方が密接なのである。そこが見落とされている。だからこそ浜通りは阿武隈山脈-高原と密接な関係がある。例えば浪江町の領域は津島までありそこは相馬藩の山中郷の領域であり葛尾村もそうである。そしてこの葛尾村が自分の父親の生まれた出身地だった。双葉町の酒屋に奉公に出たということで原発のある双葉町とも関係が深かった。
良く我が家に子供の頃来ていたじっじとばっばがいた。その人も30年前に死んだし葛尾村の実家もなくなった。今になってそのじっちとばっばのことを思い出してなつかしくなった。その人たちは葛尾村の山の中の墓に埋められていた。日本人は山に死者を埋めていた。だから山が神聖な場所ともなった。死者が眠る場所は神聖なものとなる。

 こもりくの初瀬の山の山の際(ま)にいさよふ雲は妹にかもあらむ 柿本人麻呂


これは死者のことを雲にみたてたのである。こもりくとは奥深い山である。山で死者に会うのである。海や平地で死者に会うということはない、古来から日本では山に死者が葬られ眠っている。だから葉山信仰もそういう死者が眠る山と水田をうるおす水を与えてくれる山として信仰の対象になった。里山が葉(端)山である。村はムレから来ておりこれは水田とはそれほど関係していない、ただ人が群れるからムラとなった。里はそのあとにできた言葉でありこれは弥生時代に水田化されたときできた言葉であり里山もそうである。これも稲作によりできた日本の風景にマッチした言葉であり白砂青松の風景も稲作のために海岸近くを干拓して塩害から守るために松原として防潮林を作っのである。日本の風景は極めて稲作、水田により人工的に作られたのである。そのこは今この辺で水田がなくなり草原化したことでわかった。水田は人間の手で作られた風景だった。

葛尾村であれ飯館村であり江戸時代は山中郷でありそれは水田と深くかかわっていた。水を供給する場所として浜通りの阿武隈高原はあった。だから放射能の汚染で水源になるからこそ心配した。放射能汚染はそうした祖父母が葬られ水田を維持する水源をけがしたことで浜通り全体にかかわる人災だった。その罪は自然だけではない祖父母の眠る神聖な山をけがしたのである。ただその原因をすべて政府や電力会社にすることはできない、すでにそうした江戸時代の稲作の祭りは農民から喪失していたからである。そういう山と深くかかわる神聖な感覚は消えていた。ダムをあらゆる所に作ったりといろいろ山も海岸も人工化してきたからである。


今回の津浪やそれによる原発事故は海の神や山の神の怒りかもしれない、江戸時代までは自然と調和した開発だったが明治時代以降は自然破壊が大規模になった。戦後はさら高度成長時代になり日本列島改造とかで日本の美しい自然は大規模に破壊された。その極点に達したのが原発だったのである。原発は日本の自然を亡ぼすだけではない、日本民族すら亡ぼしてしまう恐ろしいものだった。そういう危険なものに歯止めをかけるものがなかった。農民も漁民もただ金だけしか頭になく金さえもらえば良しとした。それで海の神や山の神の怒りが生じたことは言える。そんなことは非科学的だというとき、現実に核を研究する学者がもっと自然を畏れるべきだったということを言っている。核の力を人間の力では操作できないものだった。根本的に無理があったのである。ただ誰もそれに歯止めをかけるものはなかった。そこで暴走して事故になった。歯止めをかけるものはやはり神や自然に対する畏れが喪失したことでもあったのだ。江戸時代にはそうした自然への畏れがあったからこそ山への信仰が生まれた。科学万能の社会となったときそうした畏れがなくなり傲慢となり罰を受けたのである。科学万能主義は時代には危険がひそんでいた。山への信仰など非科学的でありとか必ずなり何か自然に対する恐れを消失させる。だから古来からある祭りを否定する。もちろん自然の事物を神とすることは偶像崇拝になるから否定されるべきである。ただ自然を尊ぶという観念は常に必要なのである。自然は神が作り神が人間に与えたものでありそれをないがしろにすると今回のような大きなとりかえしのつかない罰が与えられる。そういうことは非科学的とは言えない、そもそも科学でこの世のことすべてを解明などできないからである。


原発を建てるにしても単に工学的科学的面からではなくこうした回りの自然との調和を計ることも考慮せねばならなかった。ただ工学的な見地からのみ計画され建てられる。回りには海もあり山もあり水田もある。そういうものを考慮しなかった。結果としてそういう考慮しない所が甚大な被害を受けたのである。海の神や山の神を祭り許しをこうて建てるべきでもあった。地鎮祭をするにしてもそれは余りにも今や形式的なものであり深いところで自然との調和計るのが祭りだったのである。もちろん科学者にそうしたものを要求することは無理でありそういうものに対して考慮は全くない、だからこそ事故が起きたとも言えるのである。ともかく現代文明には経済的効率的視点とか科学的合理的視点きかそういうものしかない、江戸時代には別な自然に対する接し方がありそれが祭りだった。またこういう視点から原発事故を考える人もまれである。それだけ科学万能主義におおわれた世界になっていたのだ。平気で何百万年に一回しか原発事故は起きないなどと真顔で言っていた。それだけ科学万能主義に陥っていたのである。

posted by 老鶯 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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