2011年07月25日

桐の花、樗(あふち)の花、月見草


桐の花、樗(あふち)の花、月見草

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桐の花誰か知れるや昼の月

目覚めれば小雨に濡るる月見草


所変え安らぐ木蔭多き里


この里の道分け入りて古き家や我が知らざりき桐の咲くかな


ノカンゾウ群れ咲きにけり夕立の雨にぬるるも上真野の原

 


『六帖詠草』 小沢蘆庵


みどりなる広葉隠れの花ちりてすずしくかをる桐の下風
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/saijiki/kirinohana.html


『草根集』(樗) 正徹

散り過ぎし外面そともの桐の花の色に面影ちかく咲く樗(あふち)かな


栴檀写真
http://www.hana300.com/sendan1.html

 


花をテ-マにしてきたけど桐の花と樗(あふち)はにているのだろう。この樗(あふち)は見たことがない、栴檀とあり日本語名が樗(あふち)となっている。桐とにているからこの歌ができた。桐の花が散ってそのあとに樗(あふち)の花が咲いた。桐の花の色に面影ちかく咲く・・・とはにている花だからだろう。桐の花は匂うのか?匂いを感じたことがない、桐の花は好きな花でもある。
性格的にこうしたひっそりと咲いているのがにあっているということもある。旅をして道が分かれて入るとそこに古い茅葺きの家があり水田に桐の花が咲いていた。桐の花は水田ににあっている。その水田がこの辺でなくなったことが風景を変えてしまったのだ。


ノカンゾウが咲いていたがそこは水田だった。それが原っぱになっている。どこも原野化している。水田のない風景はこの辺では見たことがない、北海道と同じである。ただ一面に原野にノカンゾウが咲いている風景は北海道の風景なのである。

仮設住宅がある風景はなんか実際は田舎になじまない、田舎は農家は一軒一軒広々として住んでいる。木蔭も多いから安らぎがある。田舎ではアパ-トととか団地のようなものは少ない、でも市になると結構団地のようなものが建っている。住まいに関して田舎は贅沢である。前は畑や田であり広々として気持ちがいい、町の前がさえぎられた所にしか住んでいないからどんな気分になるのかそういう所に住んでみないとわからない、住環境としては田舎はいい。


白鷺が川に一羽いた。川には餌があるからいる。でも放射性物資が鮎からも発見されたからそういうものを食べてどうなるのか?ビワからも発見された。ビワがなっていたので食べた。農家ではビワも放置してとっていない、ビワとかも食べられないの異常である。自分は多少の放射能は気にしない、なぜなら10年後は別に放射能でなくてもガンか何かの病気になっている。
60すぎたりしたら結局放射能で死ぬにしても他の病気で死ぬにしても同じである。だから別に地元の米でも野菜でも食べる。もうある程度の放射能の食料を日本では食わざるをえない、そんなに神経質になっていたら食べるものがなくなってしまう。日本人はもはや原発をもった罰としてそうさせられた。結果はどうなるにしろどうにもならないのだ。恨むとしたら原発を作った人達を恨むほかない、恨みを残して死んでゆくほかない。


月見草の写真はアップして良くとれた。月見草と雨はにあっている。


真昼の桐の花(詩)
http://musubu2.sblo.jp/article/29185310.html

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