2011年07月15日

擬宝珠(津波の跡は新しい名所になった)

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我が庭の石のかたえに擬宝珠の咲き静まりぬ朝の日陰に

我が一人母の介護す日陰なす石のかたえに擬宝珠の咲く


紫と白の菖蒲のここに咲きひそかに消えて事もなしかも


青々と津浪の跡に草茂り朝焼け映えて雲雀鳴くかも



盛岡の擬宝珠
http://taka-34.at.webry.info/200801/article_11.html


盛岡の擬宝珠が有名である。これは蕾の状態を模したものであった。盛岡は情緒ある街だった。川が街中を二つ流れて橋が多い。浮世絵のような情緒がある。東北では一番情緒ある街だからあういう街なら住んでみたい。仙台にはもう一つ情緒に欠けている。相馬市はそれなりに情緒があるのはやはり城下町だからである。そういう歴史的に形成されたものには何か残されているのだ。そういう歴史的なものは作り得ないものである。そこに歴史の重みがあるのだ。
でも相馬市に来てもどこが城下町なのかわからないだろう。城跡もなにもないから観光としては目をひかないし魅力あるとはならない、盛岡には盛岡城跡があるから違っている。擬宝珠の橋も他に京都くらいしかいから貴重なものである。


津浪の跡の風景も不思議である。湿地帯化して草原のようになっている。一方で津浪の被害のない田畑にも原発事故で休耕になり草がしげっているがその草は津浪の跡にしげっている草とも違っている。津浪の跡の草は湿地帯に繁る草かもしれない、田んぼは今乾燥しているからそこに繁っている草とは違っている。この草原に朝焼けが映える。こんな光景を見ていること自体不思議である。これは北海道の風景である。海岸沿いが湿地帯であり防波堤もない海岸がある。サロベツ原野とか広大な湿地帯と原初の海岸線がある。もともと日本はこういう光景であった。とにかく湿地帯が多くそこが田となってたのである。下駄は田下駄からはじまった。湿地帯用に作られたのが下駄だった。草原と湿地帯は違っている。草原は乾燥した地帯である。日本は湿潤だから湿地帯になる。


被害にあった人には申し訳ないけどこの津浪の後の光景はいくら見てもまだあきない、水田の風景とはあまりにも違っているからだ。自然自体が変化することなどありえない、そういう風景を毎日見ている不思議がある。いづれにしろ津浪の被害にあった所は元の状態に水田に戻すことは無理かもしれない、このまま湿地帯になったり磯部のように砂州にもどったりするとそこは北海道になる。太古の自然が復活するからこれはめずらしいから観光資源になる。伝説が生まれ新しい名所が生まれたのである。

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