2011年07月11日

福島市はなぜ放射線量が高かったのか?(風と標高差のため)


福島市はなぜ放射線量が高かったのか?(風と標高差のため)

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わかりやすい放射線分布図(地名がでてくる)
http://www.nnistar.com/gmap/fukushima.html

heightwind.jpg

この放射線量分布図はわかりやすい、やっぱり風の方向があった。
標高差も関係していた。赤字木(あこうぎ)は一番高いが標高は飯館の中心地からすると
かなり低い、そこは谷間であり放射性物資が堆積しやすかった。一番放射性物質が流れたときそこに雪がふったりした余計に堆積しやすかった。


そしてなぜ福島市が放射線量が高いのか?それは標高差と関係していた。
飯館村の役場のある中心地は標高が高い、霊山も標高が高い、その標高が高い所から低い所に風が吹いて放射性物質が流れた。だから途中の小盆地になっていた小国は比較的高い
福島市は思った以上高いの標高差が関係していた。
飯館の高いところから福島市の方へが風が降下した
黄色の所が高いのはそのためである。

そして田村市などが低いのは山にブロックされたためである。
安達太良山も高い壁となりさえぎった。そして東北新幹線の通る中通りは風の通り道になり
比較的放射線量が高くなった。何故なら三月は東風が吹いてもすぐに北風に変わるから
東風が北風に変わったのである。その時放射性物質も郡山市の方に流されたのだ。


風と標高差と山の地形によって放射性物質の流れは決定された。田村市は近いのに山にブロックされて低かった。そして放射性物質の半分は風で海の方に流された。海岸沿いが低いのはそのためである。山は放射性物質が堆積しやすく海側は風と飛ばされるので堆積しにくいことがわかった。チェエルノブエリではどこまでも平らな土地だから一様に30キロ圏内は放射性物質は均等に広がった。日本ではそうならなかった。だから30キロ圏内の同心円で決めるのは間違っていた。浪江の数キロしか離れていない請戸ですら一マイクロシ-ベルトにもなっていなかったのである。


ただ結局日本が地形が複雑であり放射性物質の分布もまだらであり近くても違っていたし一地域をまるごと避難区域にするのも金がかかるから勧奨地点とか決めるようになった。これもかえって避難する人にはめんどうになった。

 

今日の朝日新聞で福島の大気中の放射線量数値は1.37でした。
たとえば福島で路上生活されている方は
1.37×24×365=12,001

大まかな計算として年間12ミリシーベルトの放射線を浴びると思われます。
福島だけでなく郡山も同様の数値で推移しています。
http://okwave.jp/qa/q6785181.html



今日のアサイチでチェエルノブエリで暮らしている人を紹介していた。1・5マイクロシ-ベルくらいのところで厳しく放射線を管理していて子供も住んでいる。これは福島市や郡山市と同じである。年間一ミリシ-ベルトを基準にしているというからチェエルノブエリの放射線管理の方が厳しい、
日本はそこまでしていない、20ミリでも大丈夫だとか言っている。ロシアより管理ができないのは住んでいる人の数が多いためである。福島市と郡山市は人口が多くて避難させることができない、それだけの理由である。3マイクロシ-ベルトとかなると確実に避難地域になるのだろう。
1・5はぎりぎりの線であり厳しく管理して居住できる放射性線量だとなる。



 

posted by 老鶯 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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