2011年07月01日

南相馬市の深刻な医療崩壊 (南相馬市に住む不安がつのる)


南相馬市の深刻な医療崩壊
(南相馬市に住む不安がつのる)

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緊急時には、自力での避難が前提となりますので、自力での避難等が困難な状況にある方や、お子さん、要介護者、入院患者の方は、既にお伝えしているとおり、この区域に入らないようにお願いします。
教育機関に関しましても、指定された地域の保育所、幼稚園、小中学校および高校は、休園・休校とします。学業の継続等に関しましては、それぞれの市町村および教育委員会等からご説明します。



ところが5月23日現在、小学生は1343人、中学生は898人だけ。小学生は33%、中学生は46%しか残っていない。 市内の小児科医院の一つには原発事故前、患者が月1000人以上いたが、事故後は10分の1以下に減り、休診に追い込まれた。市内に子どもがいなくなったことが、大きく響いている。


産婦人科で現在も開業しているのは医院1カ所だけ。医院2カ所と市立総合病院、大町病院の産婦人科が休診している。

そうなれば南相馬市を離れて自活手段を見出す必要があります。そうなった時に南相馬市の人口が半減どころか1/3以下に減ってもさして驚くべき話ではないと思います。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20110610


 大町病院では震災前、医師12人を含む職員約200人がいたが、入院制限後は医師9人を含む約70人態勢に縮小した。入院にかかわる収入が7割を占めるため、多くが退職や休職に追い込まれ、残ったスタッフも医師の給与7割カットを始め、5月から70〜30%減給にした。看護部長の藤原珠世さん(52)は「みんな『地域医療を守る』という志だけで働いているが、職員の生活も崩壊寸前」と語る。(このあと多少回復している。)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110620-OYT1T00851.htm

 



お子さん、要介護者、入院患者の方は、既にお伝えしているとおり、この区域に入らないようにお願いします。


弱者は避難区域には住めない、緊急時に脱出できない、現実に最後まで介護している人は残った。脱出する力がない、子供がいなくなることはすでに市の未来を担う人がいなくなるということで崩壊していく、老人だけが残っても市町村は維持できない、放射能は子供に影響することが致命的にもなる。一見老人はさほど放射能の影響がないとししても家族に子供がいれば避難を考えざるを得ない、老人だけが残り若い人は出て行くということも起こっている。家族がばらばらになってしまう。

そして仕事がなくなっている。廃業が多くなっている。鹿島区を見るだけでも川又印刷所は地震で壊れた瓦礫が道に散乱したままでかたづけられないのだろうか?会社の人はどうしてしまったのか?廃業になっているのか?それにしても瓦礫くらいかたづけてもいいように思うが・・・・
橲原の風穴の湯はボイラ-が壊れ廃業になった。金子整形医院は廃業になった。近くの惣菜屋も廃業になった。原町でも廃業になっている所は多いはずだ。原町では工場とか会社も廃業化している、移転したりしている。どんどん人がいなくなってくる。市から人が出て行くばかりになる。

開業医も患者がいなくなれば収入もないのだからここでつづけることをあきらめるようになる。
看護師も職がなくなり外に出ていく、市が医療の面から崩壊してゆく、それとも政府により前に書いたように崩壊させられてしまうのか?飯館村は産業廃棄物場にされるとかいうのもそのためである。誰も人がいなくなれば産業廃棄物場に反対する人もいなくなるからだ。核の処理場にされるというのも同じである。市から出て他で生活するようになればそういう人は帰って来なくなる。人がいなくなれば奇妙だけど田んぼは荒れ地として放置されているが人がいなくなれば荒れ地のままであり耕す人もいなくなる。放射能の除染というのは簡単にはできない、とすると一年とかで農業が元にもどるとは思えない、飯館村は二年で帰ると言っているが二年が限度だとも言っている。二年ではとても放射能を取り除くことはできないだろう。こうしていろいろ考えると南相馬市の将来は悲観的になる。それも深刻なのである。飯館村も南相馬市より深刻である。南相馬市は緊急避難準備地域の指定が解除されれば人がもどってくるかもしれない、飯館村はなかなか解除されないだろう。そうすると実質的に村は崩壊する、なくなってしまう。

これは一時的なもので回復すると思っているが生活の足場が失われ若い人が帰ってこないとしたら市は成り立たなくなる。三陸では前にも何度も悲惨な津浪で被害を受けたが回復したのは豊かな漁場があったからだ。外からも人が入ってきて回復した。でも南相馬市にはそういうものはない、松川浦は漁港でも当分魚をとっても売れない、それほどの漁獲量でもなかった。

産業として残っているのは皮肉だが火力発電所である。ここは千人とか雇用している。東北電力の寮も建っている。だからこそ双葉町や楢葉町の町長は原発は必要だとしているのは現実的雇用がなくなっているからだ。相馬市にもあり相馬市はある程度まだ雇用の場が確保できる。南相馬市はできない、相馬市に会社を移している人もいる。南相馬市は市政自体が維持できなくなるのではないか?財政的にもそうであり医療が崩壊することは致命的になる。老人や病人すら移住することを考えざるをえなくなる。そうなると相馬市への移住を考える人がでてくる。南相馬市はなくなり相馬市になってしまうのか?何かそうした不安がここにいると募ってくる。安心させる要素がなくなってきている。それは医療や介護やその他教育などのサ-ビスでも保障できなくなる。そうなるとますますここに住みつづけることが不安になり人がでてゆく、マイナスの連鎖がつづく、そうしてここに人を住めなくするのが政府の目論見なのか?自主的に人がいなくなれば政府では保障する必要もない、人がいなくなったら核の処理場にすればいいとなる。緊急避難準備区域はそうした政府の何らかの意図で崩壊させられつつある。


緊急時避難準備地域の指定のままでも社会生活は立ち枯れていきます。そうなれば南相馬市を離れて自活手段を見出す必要があります。
そうなった時に南相馬市の人口が半減どころか1/3以下に減ってもさして驚くべき話ではないと思います


三分の一に人口が減ったら市政はもう成り立たない、相馬市に吸収されるのではないか、そして30キロ圏内は無人化されて政府の管轄に
なりそこは産業廃棄物や核の処理場になる。
最大の不安は子供を安心して育てられないということにあった。母親の不安も大きい、それが放射能の一番の大きな問題だった。老人は放射能の影響は少ないから住んでいいと言っても老人だけ残ったら姥捨山になってしまう。それもほっておけないから残った人に食料を運ぶ人がいて生きていられたからもう老人だけでも生き残れない、つまりどうしても無人化してゆくのだ。人が住めなくなってくるのだ。原発も冷温停止とかおさまれば人が帰ってくるだろうと楽観的に考える人もいるが放射能汚染は数年では除染できない、敏感な母親などは帰ってこないとなると家族も帰ってこない、生活の足場を他にもてばさらに帰ってこない、つまり市は崩壊して無人化してゆく、ただ東北電力の火力発電所は残るからそこが仕事の場であり千人以上の人は残るからその人たちが生活する場は残る。それでも南相馬市は市政は維持できないから相馬市に合併される。それでなんとか維持するほかなくなる。相馬市にしても松川浦がだめになったりいろいろ苦しい。六号線は遮断されているから仙台へとの宮城県とのつながりを深める。そして宮城県に編入されるかもしれない、福島市も不安定であり会津が中心の県になるのか、そうした変動状態にある。郡山市と福島市は東北への大動脈だからそこをつぶすことはない、

浜通りはつぶれても政府ではかまわないと判断しているのかもしれない、いわき市はまだ六号線でも常磐線でも開通して東京都と結びつくから南相馬市の事情とは違っている。南相馬市は今本当に苦しい土壇場にある。それぞれの場でそれぞれが苦しい立場に追い込まれる。
分断され崩壊させられつつある。

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