2011年06月28日

薔薇(仮設住宅に増える人)


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風そよぎいつも見し薔薇今日散りぬ


夏の日や仮設住宅に洗濯物


道すがら夕べ明るし鮮やかに立葵咲きなお遠き道かな


細道に昼顔咲きてでで虫の歩みの遅き雨しととふる


庭の隅大文字草大なりと咲きしもひそか隠されにけり

相馬市の方に行ったら全身の筋肉痛になった。腹も痛くなった。そういうことがでてきたのはやはり老化だろう。かえって老人になると車が必要になってくる。障害者にとって便利なものがいいように老人は人にもよるが軽い障害者になることは確かなのだ。この5年間遠くへ旅したことはなかった。一回だけ三陸の方に一日泊まった旅があった。それで驚いたのは釜石の駅まで津浪が来ていたのだ。海の方に行かなかったがあそこまで来たのかと驚いた。今回の津浪ほど驚くことはなかった。


人間はなかなか気持ちよく死ねないのが困る。いつも見ていた家の薔薇は今日風に散っていた。人間も風に散るように死ねれば幸せである。人間は死ぬにも苦しみが大きすぎるのだ。もう生きているのも嫌だと言っても生かされる、病院は二日ひくらいならいいが一カ月もいたら牢獄である。それでもまだ軽い方だったから良かった。重傷だったら悲惨である。腎不全だった。
腎不全は結構危険なものであった。55才くらいの医者が腎不全になり腎臓移植を暴力団に頼み一千万だましとられたという事件があった。腎臓の移植は成功率が高い。その人は医者だったからそういうことには詳しい。外国でできないので日本でなんとかしようとして犯罪になった。

医者だって命は惜しいから生きるためなら金も払う。一方でクロ-ズアップ現代で放送していた。肝臓癌の人が治療費が払えないとか薬を飲まずにいて悪化して62才くらいで死んだ。何かそのことがいつまでも心に残っている。金あったらまだ生きられたのかと今は健康保険ももてない人も増えている。そういう時勢だからそんなことも起こりうる。テレビを見てかわいそうな人を見て感じるとき感じないときがある。その人のことはいつまでも感じていた。最近津浪とかでかわいそうな人が毎日出てくるとなんかそれが当たり前となるのか、あまりにも数が多いと一人一人をかわいそうだと同情しきれなくなる。ともかく病気になると病気に関心が向く。60代は病気の世代ともいわれる。さらに70代ならもとそうなる。病気のことを話すサロンみたくなっているのがこの世代だとなる。


仮設住宅に20所帯くらい入ってきたのか?数が増えている。洗濯物を干している。するとそこに生活の匂いがでてくる。体育館のよう避難所だとそうした生活の匂いみたいなものはなくなっていたうもしれない、雑居だからただ食って寝てが仕事になっていたかもしれない、仮設になるとそれなりに個々の生活が成される。たいがい車もっている人が多い。車もっているとやはり豊に思える。もちろん電気製品も中にはそろっている。だから昔の長屋とは大違いである。昔の長屋だったら米びつくらいしかないからである。それだけ現代は贅沢なのである。
千倉体育館の仮設住宅は木陰があるからあれだけでも自然がある。西町も近くが川だから自然はある。
仮設住宅は今本当に東北でいたるところに建っている。仙台の長町の駅前にも建っていた。
5000億円分の仮設住宅が建ったのだからそうなる。


目標とする8000戸に対し、入居を済ませたのは1431世帯にとどまり、市は正確な戸数を把握するとともに建設を急ぐ。
 1万8560戸の住宅が全壊した同市は、3月26日に募集を開始。
 http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20110627ddlk04040040000c.html


 1万8560戸の住宅が全壊した、この数は凄い、石巻は家が海岸沿いに密集していた。それでもあらためてこの数はどれだけすごいかわかる。本当にその場所に立ったら焼け野原である。この辺も大変だがその規模が違っている。こういうことはテレビの画面からでは実感できない、あの辺には何回か実際に行っているからその場に立ったらその凄まじい破壊に茫然とするだろう。

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