2011年06月09日

崩壊する南相馬市(震災で崩壊する市町村)


崩壊する南相馬市(震災で崩壊する市町村)

病院としては6人以上の受け入れは可能だが、県の地域医療課がゴーサインを出さないらしい。また入院しても3日以内に退院させろなどと無理難題を病院に押し付けている。南相馬市は私の勤務している福島市よりも放射線量も4分の1しかないというのになんで緊急時避難準備区域なのだろうか。


崩壊する南相馬市
http://blog.livedoor.jp/yamasaumasa572/archives/4645085.html


南相馬市は7万人の人口があるとして小高区は立入禁止区域になり住むこともできないから事実上崩壊している。原町区も緊急避難準備地域であれ様々な制約があり医療、福祉、教育という面で崩壊状態である。ここはお医者さんのプログだけど適格に分析している。原発の廃炉にともなう仕事は楢葉町の方が拠点になりここは遠いからならないというのもそうだろう。仕事もなくなり疲弊ひてゆく、人口が流出する、すでに流出ははじまっている。工場や会社が移動している。浪江でも二本松に移動して鹿島区に移住して通っている人がいた。これも大変だなと思うけどすでに浪江町とかも崩壊している。浜通りから人口移動がはじまっている。それはここだけではない、津波で被害にあった三陸地方でもそうである。


市によると、震災前(2月末)の町の人口4300人が、現在は4分の1の1000人弱にまで減った。仮設住宅を希望する約560世帯のうち、町内を望むのは約150世帯にとどまる。
震災津波に多くの集落がのみ込まれた県北部沿岸部は、高齢化率が高いうえ、避難による住民流出が人口減に拍車をかけている。


本当に今回の津波は街や村を壊滅させたことが特徴だった。この辺では磯部とか海老とか烏崎などがそうである。そういうところは家の土台しか残っていない。そういうところは町や村が復興するように思えない、陸前高田市など見ているともうただ茫然としているだけであり復興する気力さえなくなってしまうだろう。そして今回の震災津波の特徴は被災者が高齢化で老人が多いから余計に復興自体が厳しいものとなる。そういう人は本当に老人ホ-ムに入った方がいいしそれが望まれているのかもしれない,安い多人数が収容できる老人ホ-ムが必要とされていた。別に立派な施設は必要ない、仮設住宅に手を加えたようなものでも可能なのである。在宅で苦労して限界になっている人もいる。自分もその一人である。介護は施設とかのハ-ドよりいかにソフトとしての人が機能がするか人の力の方が重要になる。その方面に金を使うべきなのである。それが充実していればハ-ド面は補うことができる。


いづれにしろ南相馬市が崩壊してゆくというとき若い人とか市を支える中核的な人が出て行く、病院を支える医者や工場や会社を経営する人など中核的人材が流出してゆく、そして残されるのは老人だけになるかもしれない、第一次産業は農業でもすでに高齢化であり後継ぐ人もいなくなっていた。今回の震災の影響の特徴は高齢化社会や地方の第一次産業に打撃を与えたのだ。神戸の震災とは違う、一番経済的に弱いところに打撃を与えられた。老人だけで残って市を支えることはできない、自らが支えられる方になっているからだ。病院や福祉関係が崩壊すれば老人も生き残れないからだ。いづれにしろ誰も市が崩壊してゆくなど考えたこともない、でも現実に起こっていることは市が崩壊してゆきつつある現状に向かっているのだ。
だから南相馬市は相馬市と合併するとかなるが仲良くないからしないという、その理由はわからないが南相馬市の生徒を相馬市が受け入れなかったそのためだった。野馬追いで一体感あるきかと思ったらそうでなかったか?ともかく南相馬市立病院は相馬市立病院のサテライト化するとお医者さんが言っているから現状からの発言である。入院もできないとなればそうである。そもそも緊急避難地域が解除されないことには正常化しないからだ。


人口が流動化することは大きな変革が起きざるを得ないし起きている。南相馬市は原発事故のため田畑を放棄させられてしまった。零細な漁業も農業もいい悪いは別にして成り立たなくなってしまった。だから集約的会社化した運営形体に移行せざるをえない。小さな田畑とか港とかで零細でも助け合い暮らしてきた日本人の生活があったがそれが根こそぎ破壊されたのだ。だから漁業でも農業でも土地などを集約して対処しなければ成り立たない、そして田舎は人が広く散在しているからその人口も集約化してゆく、コンパクトシティ化してゆく、現実に鹿島区に350戸とかの仮設住宅が建った、人口が町の中に集中してきたのである。浪江などから移り住んだ人もいるから人口が流動化して今は鹿島区や相馬市に移動している。南相馬市は小高区がすでに崩壊して中心が教育なら鹿島区や相馬市に移動している。実質的に相馬市中心になりつつあるのだ。常磐線は寸断して交通は相馬市からのバスになった。交通も相馬市中心になっているのだ。相馬市に中心が移っているのだ。 飯館が立入禁止区域になると福島市に通じる道は相馬市からの道になるからだ。


六号線や常磐線が遮断されて南相馬市の小高区が立入禁止区域になったことの影響が大きいのである。そしてやがて相馬市は宮城県に編入されるかもしれない、相馬は宮城県と仙台方面とつながりが深いからだ。行政的にもその方が便利だからである。それより福島県は中通りと浜通りが原発事故で崩壊して会津県にしろという人も外部からもいる。放射能汚染された地域は将来性がないとかなり危険だとか言われるためである。つまり南相馬市だけでなく福島県自体が崩壊の危機にさらされているのだ。もちろん原発の20キロ圏内の市町村はすでに崩壊している。人口は流出して戻らない人もかなり出てくる。もう見切りをつける人がでてきている。20キロ圏内はすでに核処理場として永久的に立入禁止になるかもしれない、そういうふうに政府で画策しているためにいろいろな制限を課している。南相馬市の病院の入院を76時間としか認めないのもそのためである。30キロ圏内は人が住めないように政府で画策しているのかもしれない、放射線量が低いのになぜそうするかわからないからだ。

posted by 老鶯 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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