2011年06月08日

近くの仮設住宅のこと


近くの仮設住宅のこと


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労務者の木陰に休む田舎かな

我が家に巣作り励む燕かな


六号線食堂にぎわい燕の子

 



質より量とスピードを優先するのが普通じゃねえのかよ
この無駄に豪華な仮設住宅にはなんかの利権が絡んでいると見た

今回の被災者はジジイババアが多いから、家も仕事も失って、
自動的に生活保護に突入する人が沢山いそう。

そういう人間が引越しなんて出来る訳が無い。

仮設住宅は俺の家よりはるかに立派です。
被災地に行って、いえなくなりますた?って詐欺してこようかな。
ちなみに日本人だよ。しかも東証上場企業勤務。


とにかくやっつけ仕事で数こなさないといけないから
実際は貧弱で建材や調度が新しいから良く見えるんだよ
寒冷地で毎回問題になるのが結露とカビで退去の頃には畳はカビだらけだよ
床は一般には部屋の間取りに合わせて基礎打って床下に継柱張るけど
簡易基礎にコンパネ載せただけだから音がすごいんだ
プロレスのマットのイメージで端の部屋の歩く音が別の端の部屋まで響くんだ


確か台湾地震の時に、日本の中古仮設住宅を送ったら、
「日本から高級住宅が送られてきた」って喜ばれたんだよね。
理由は、台湾では床の間は金持ちの家にしかなくて、
仮設住宅には床の間がついていたから。
http://jishin.ldblog.jp/archives/51691854.html


積水ハウス
http://www.youtube.com/watch?v=Z8pbuIBR9sU


近くにあるから毎日見ているのが仮設住宅である。完成したと思ったらしていない、玄関をとりつけていた、あんな玄関必要なのかとも思った。それなりに全部につけると費用もかかる。日本の仮設住宅は贅沢だと外国にうらやましがられたのもわかる。緊急のことだから外国だったら寝る空間があるくらいのものだろう。電気製品もそろっているとなるとエアコンもあるとなると贅沢である。どうしてこうした贅沢のものを作るのかというとやはり公共事業のためなのかとも思う。六号線の千倉体育館や鹿島小学校に行くのに立派な地下歩道は無駄であり高架橋でまにあうと前に書いた。地下歩道は都会なみなのである。公共事業は無駄でもやはり業者のためにやるということがある。だから玄関などなくてもいいと思っても金を使うのかもしれない、ただこうした贅沢な時代には贅沢な仮設住宅や住民の要求も贅沢になるのはやむをえない、何故なら亘理の積水ハウスが作った仮設住宅は立派なアバ-ト並でありこれよりずっといいからだ。

仮設住宅はいたるところに建つ、仙台の長町の空き地にも立っていた。仙台の近くだから駅も近いから便利である。でもその回りは瀟洒な住宅地になっているので仮設に住む人はうらやましいとなるかもしれない、仮設住宅が今話題になることはわかる。

実際今回津波とかで被災した人はみんな家をもっていた。庭も広い庭もあるような農家とかが多い。一番住環境として贅沢なのは飯館村だった。あそこは一軒一軒の家が離れているし庭も広いし森につつまれているからいつ行っても広々として気持ちいいところだとな思っていた。それは他の人も思っていた。住環境は一番贅沢だった。都会のような狭い空間ではない、都会でいくら豪邸に住んでも回りが森につつまれたようなところはない。田舎は自然があるからかえって贅沢なのである。住環境なら前が広々として見える所がいい、自分の家など前が家でさえぎられてるから窮屈になる。田舎でも街中に住むものと郊外に住むものは住環境でも違っているのだ。皮肉なことだが田舎の方がエネルギ-を消費しているというのは本当である。人間が密集している方がエネルギ-の消費量は少ない、車もみんなもたなくても交通の便がいいから困らないのである。田舎でも一人一台車をもっているから贅沢であるし必需品である。車なしでは生活できない、みんな街中に住んでいないからだ。広い田舎で生活できているのは車があるからであり車は一番エネルギ-を消費する贅沢なものである。


昔だと都会の生活と田舎の生活はかなりの差があったから田舎に憧れた。今はかえって田舎の生活に憧れる。なぜなら田舎の方がかえって文明的生活ができるという皮肉があるからだ。ただ震災以後アマゾンでの配達がこの辺はできなくなった。六号線が立入禁止になってル-トが断たれたためだろう。電車も通らないから不便になった。でも車があれば困らないのである。自分は車がなくても街中でなんとか暮らせる。仮設住宅に入っても街中だと車がなくても生活は今の平均的な生活を送れるかもしれない、ただ田舎の人は住環境は贅沢だから仮設に耐えられない人はでてくる。それより仮設に入ると三食つきでないとか電気水道ガス代がとられとか結構出費になるから入らない人ででてきているのもわかる。そうした基本的なものに金をとられることが震災にあった人はなかなかできない人もいる。そういうときは昔のように水も湧き水やら井戸水やら洗濯は川でするようなら労働だけでただで良かったのである。

現実に三陸の方ではインフラがたたれ井戸の水をくむために何度も坂を上る老人がいたのである。水は苦労して遠くから運ぶことがあった。今でも後進国では水を運ぶことが女性の仕事とかに何ているのだ。結局電気水道がたたれ昔の生活に戻ったのである。仮設住宅に入っても老人が被災者になっているのが今回の震災の特徴である。そうしたら老人ホ-ム的な仮設住宅が必要なると言う人もいるし何かそうしたものを相馬市の方で作るとかあるのもわかる。とにかく死んだ人も老人が多いし生き残った人も老人が多いからこれから仕事するということはむずかしい。ただ世話になる人となる。だからなかなか仮設から出れないし収入がなくて困るという人もでてくる。まだ入っていないからどういう人が入るのかもわからないが必ずいろいろ問題がでてくる。

千倉体育館の六号線の仮設には樹があるからその木陰休む労務者がいた。労務者は大阪などからも来ていた。田舎だから自然の場所でゆっくり休むということがある。そういう姿にほっとする。あそこは夏はあの木陰で休むことができる。そういう点で憩いの場所になる。他はあのような樹はないからだ。仮設に入る人は南相馬市だと小高区の人が多くなるのか?小高は立入禁止区域になったからだ。家があっても家に帰れない人が仮設に住むのか矛盾している。

原町の小学校にいた人は小高の人だった。津波の被害にあった人もいた。ともかく鹿島区には人が増えて集る。そういう状態を考えるとき人が効率的に住むには街中に集中して住んだ方がいいとなる。コンパクトシティである。なぜならそうなると車がなくてもなんとか暮らせるからだ。今JRの代行バスが出ているがこれも前の駅前からであり離れていると利用しにくいからだ。病院だって近くだと行きやすい、ただ鹿島区だけでは生活できないから原町や相馬などに必ず行かねばならないのが不便なのである。タクシ-利用したら往復一万近くとられたから車がないと困る時がある。緊急だったのでしかたなかった。JRの代行バスも原町-鹿島-相馬は便が少なくて不便なのである。相馬から亘理は30分おきにでているから電車より便利である。そういう点は改善したのである。


六号線の相馬よりの食堂に入ったら燕の子がないていた。相馬よりは正常化している。自分の家でも今年はめずらしく燕が巣作りしている。庭を直したからだろう。

posted by 老鶯 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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