2011年05月29日

南相馬市で餓死を10人以上確認しました


「南相馬市で餓死を10人以上確認しました」 森まさこ議員


◇2011年5月28日

「南相馬市等で餓死」メールが来たのが20日。監察医の連絡先を調べ23日電話。
監察医「3月11日から5月2日までに餓死12名、自殺3名。・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/uwajima_sophia/9837843.html


これは衝撃的本当なのか?
どこの地区で餓死があったのか?それが問題だ。
津波の被害もあったからその時着の身着のままで避難した人がいた。
避難所に逃げたらそこで最低の食料があるから死ぬことはない
ところがそこまで行けない人がいた、車がガソリンなしで使えなくなっていた。
街から遠ければ避難所にも来れなかった。
でも食料がないということは信じられない
田舎だったら農家では米の貯えがあるからな


自分は15日間苦しかった。三食用意するのが大変だった。食料として餅とか米があった。あと海苔とかあった。米は一人分でもたける電気の炊飯器でたいた。30分くらいでたけたから助かった。一人は寝ていて何もできない、全部自分でやるほかなかった。電気は来ていたから米さえあれば餓死することはありえない、水道も出ていた。一部水道が使えなくなっいた地区があった。

10日間頃過ぎてから米の貯えがなくなった。その時ちょうど米の配給があった。でも南相馬市は一時物資が入らなかった。その時期が結構長かった。ちょうど米がなくなったとき鹿島区では米が配給されたので助かった。近くの農家の人は米をもっていた。借りようとしたが配給されたので助かった。米さえあれば死ぬことはないと思った。ただ電気がないと米を炊くことができないから大変なことになった。

ただ南相馬市は一時放射能汚染で外から物資が入らないことは確かだった。貯えもしていない人もいた。今は一週間分でも貯えている人は少ない、たまたま米をス-パ-で一袋買ってあったのが良かった。あと餅を一袋とか買ってあったので助かった。あとは缶詰が何個かあったくらいだ。でも餓死するとは考えられない、どういう事情でなったのか詳細がわからない。

南相馬市は一時物資が入らず窮乏した、でも餓死はありえないと思う。避難所に行けばおにぎりとかもらえたからな、これが本当だとしたら悲惨である。津波の被害でも小さな部落ではあるもので助け合っていた。水も井戸水とか湧き水とか山の水とか利用して協力してしのいでいた。
街だと孤立している人がいる。無縁死になる。自分も回りとつきあいないからそうなりやすかった。ざいの方で死んだのか?街の中で死んだのか?それが問題である。かえって街中で助けがなくて死ぬとういこともある。津波もあったから何が起きたのかわからない、それにしてしも10人は多いし自殺した人も3人もいたというのはショックである。それは津波に襲われた人なのか?
そもそも意外と近くのことをわからないことがあるんだよ、無縁死ということが田舎だった起こりえる。結局詳細がわからない限り信じがたい、ただ10日から15日間くらい外から物資が全く入らないときがあったからその間に餓死した人もいたのか?

爆発があったとき南相馬市では逃げた人が多い。でも残った人もそれなりにいた。逃げた人はつてのある人だった。また市で用意されたバスで避難した。残った人で食料がなく死んだのだろうか?それが信じられないというかイメ-ジできない、人間は水だけ飲んでいたって10日間くらい死なないだろう?原町区では米をもらいないから死んだのか?米はざいから避難所にもちこまれたはずである。都会と違うから米かなくなる、米に窮するということはありえないはずだが・・・

田舎はたいてい自分ちで食うくらいは畑に野菜うわってるので

その野菜だけど路地野菜は放射能に汚染されていたんだよ、その時知らないで食べた人もいるだろう。飢えて死ぬよりは良かった。

津波があり原発事故がありあの時何が起きたのか?異常なことが起きても不思議ではない・・・
でも十人も餓死するということはショックである。その詳細がわからないと信じられないだろう。
病人が死んだのか、介護さているような瀕死の人が死んだのか?そういうことはありえる。弱っているから食料もままならなくて死んだとなる。病院に置き去りにされた死んだ人もいるからそういう人たちだったのか?ともかく情報がないのでわからないが本当だったらショックである。

猫が一匹とりのこされていた。飼い主がいなくなっていた。餌をやっても食う気力もなくなっていた。あの猫は死んだのか?そういう人がいたのか、人間はそんな簡単に死ぬものなのか?
たいして食べなくても人間はそんな簡単に死ぬはずがない、いろいろ考えてもわからない謎である。こういう時は人と人のつながりがない人は窮乏するかもしれない、普通は金さえあればモノには困らない、でも物資が入らない、店もやっていないから金があっても役に立たなかった。

金で買える所がなくなったのである。緊急のときは金が役に立たなくなる。金で物資を譲ってほしいといってもみんなも今の食料を確保せねばならないとしたら売ってくれない、そういう状態に置かれたことも確かである。金で何でもできるわけではない、人と人のつながりをもっている人は助けてもらえる。その時金があっても役に立たない、そういうことが緊急時にはあるがあとはまた金がないと困る。仮設住宅に入りたくないというのは避難所だと三食は用意してくれるけど自前になり金がかかるからだそうである。とにかく緊急時のために10間くらいの備蓄は必要である。

人間はみんな助け合うとは限らない、津波で金庫が流されたとか金券などを探し歩いていた人がいたとか、立入禁止区域に入って泥棒していた人とかいろいろだよ、火事場泥棒が必ず出てくるんだよ、それも人間だよ、自分もそういう目にあったから人間がひどいやつがいるもんだとつくづく思った、遠くからも入ってくるし近くでもいる。結局こんな動乱の時は何が起きるかわからない、今も津波の被害で泣いている人が無数にいる。75日間たっても何ら解決していない、悲惨なままなのである。

posted by 老鶯 at 05:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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