2011年05月17日

大津波、原発事故の意味するもの(2) (暴走する技術、制御、制限されない技術)


大津波、原発事故の意味するもの(2)
(暴走する技術、制御、制限されない技術)
http://musubu.jp/jijimondai-41#atomic4(時事問題の深層41へ)

今回の大津波や原子力事故は今までの価値観を変える大きな変化をうながすものだった。原子力発電は戦艦大和とと同じだった。巨大技術を運営するのには軍隊となり国家的使命感が必要となる。月給をもらうだけのサラリ-マン意識ではとても巨大技術は運営できないと武田教授のような技術者が言っているのは興味深いことである。技術を越えたものが必要であり技術と言っても最後には人間の精神が大事なんだと言っている。つまり今起きていることがそうである。技術だけではどうにもならない、なんとか事故をおさめてくれ、国民の命がかかっている、国家存亡の時だとなると単なる技術だけはどうにもならない、日本は原爆落とされて敗戦して国家をひたすら否定してきた、国家は悪いものだとして否定してきた。しかしここになって原子力のような巨大技術は国家的使命感なくして運営できないものだった。国家的威信をかけてやるものだった。もう最後は技術を越えてなんとか日本を救わねばならない、国民を救わねばならないという特攻精神が求められているのも不思議である。利とか技術を越えたものを要求されているのだ。原子力とはそういう巨大技術でありそもそも人間の手に負えるものではなかった。そして人間は技術を制御する思想がない、技術は暴走してイカロスになり墜落する。それが原子力でもあった。人間は減らすということができない、電力を減らすとなるとどんなに大変なことになる計画停電になりわかった。減らすという思想が現代文明にはない、だから技術に歯止めがかからない、危険な技術でも歯止めがかからない、そうした様々なことが今回の津波や原子力事故で明らかになったのである。
 
 
posted by 老鶯 at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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