2011年05月14日

夏の月(津波のあとに・・・)

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家もなき津波の跡や夏の月

根っこごと津波に流され芽吹きかな


手水鉢にアメンボウ来て泳ぐかな


四輪の牡丹や石の重さかな


牡丹散る残る片割れ夕べかな

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今回の津波は未だに信じられないことである。津波のあとの光景も毎日見ていても不思議としかいいようがない。田んぼは塩がしみこんで地割れしている。根っこごと流れ着いた樹が芽吹いている。ソファが一つあってこれも団欒していた家族があった。それがなんともいえず不思議である。今日は夏の月がでていた。すっぴんになったとか川柳を読んでいた人いたけど笑ってもいられない、被害を受けた人の悲しみはなかなかわかりにくい、一瞬の内にしてすべてを失うということがどういうことなのかわからない、現代はもっているものが多すぎるからモノへの喪失も大きい。江戸時代ならみんな長屋住まいであり火事になれば何も持ち出すものもない、身一つ逃げるだけでありあとはまた長屋に住めばいいからモノを失うことはない、モノの喪失感はないのだ。現代は家でも何でももちすぎるからモノを失うことが大きな痛手となる。南の国だったら掘っ建て小屋のような所に住んでいれば津波で流されてもまた掘っ建て小屋を建てればいいとなる。暑い国だとそうなる。住まいの心配はない、現代はあまりにももつものありすぎるからそれが失うことも大きな喪失となる。


もともと何もないならそんなに嘆く必要もないかもしれない、それにしても津波のあとの風景はあまりにも不思議である。家も何にもなくなり夏の月が今日は出ている。もう夏になった。 アメンボウはどこからか飛んでくる、手水鉢に一匹泳いでいるのも不思議である。茶室がどうだとかやっていたが今は茶室はなくなった。そこには一日寝ている。介護している自分がいる。あまりにも悲惨だと俳句とか短歌も作る余裕もなくなるだろう。俳句とか短歌でも余裕があるからできる、川柳でもそういうものを作るのは心に余裕がなければできない。その余裕をもつことが被災した人がもつことはむずかしい。そんなとき文学なんか役に立たないというのも本当である。ただやっぱり月は同じようにでている。季節は変わる。そして悲惨な津波の跡も一つの光景になってゆく・・・つくづくこれから津波に襲われた所はポンペイの跡のように観光地化してゆくのではないか?今は悲惨すぎるのだけどそこで語られることは生き証人が語ることは重みがある。広島、長崎のようにもなってしまうのである。


夕べの庭に牡丹は散った、 今年も四輪の牡丹は咲いて散った。

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