2011年05月06日

牡丹(平和の日がもどるのか)

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長々と虫蜜吸いぬ牡丹かな


虫の来て牡丹にさしぬ朝日影


我が庭に忘れな草や誰かしる苧環の花うなだれ咲きぬ

ようやく多少落ち着いてきたのかな、三〇年間くらい平和な日がつづいた。この五年間は介護やら自分の病気やら様々な問題に翻弄された。最後に来たのが津波と原子力事故だった。そしてどういうわけか自由気ままに旅しつづけたが全く自由がなくなった。五年間の内やっと一回だけ三陸の方に旅したことがあった。それ以外遠くに行ったことがない,近間は行っていたが遠くは行けない、そしてどうなったかというと近間すら行けなくなった。自分の事情ではなく原子力事故で立入禁止区域になってしまったのである。飯館も浪江の高瀬川も葛尾(かつろう)
村もそうである。立入禁止区域になって行けなくなった。この辺は交通も常磐線はいつ通るか見通しがたたない、だからアマゾンなどでも通信販売はしにくくなっている。配達区域として除外される。六号線が通らないことは東京と直結する道路がないのだから東京からの物流は支障をきたす、六号線沿いの店も困る。仙台にも行くのにも相馬から臨時バスが出るにしても相馬まで行くのが大変なのである。だから介護になってからこれは刑務所に入れられたとにていたと思った。介護は他の人でもそう言っている、自由がなくなるのだ。それが今度は回りから交通網がたたれ立入禁止区域になってしまうのだからますますここは刑務所化してゆく感じなのだ。塀の中という刑務所の小説があったけど交通的にも遮断され孤立化している。でもインタ-ネットは通じているからそこで情報を分析している。


今日は仮払い金の申し込みをしてきた。東電では30キロ圏内は百万払うとか言っていた。でも30キロから2、3キロ離れるとどうなるのか、南相馬市を全体として払うとなるのか?その辺がまだ決まっていないらしい、仮払金は損害を与えた分は払って返してもらうことにもなるとか言っていた。明確に具体的に損害を与えた分だけ払うことになるのだろうか?自分の場合は避難もしていないからもらえるかどうかわからない、この保証問題は広範囲である。福島県だけではないし損害を与えられたといえば日本全国ですらそうだった。観光業などもそうである。そういう人たちが全部損害賠償を請求したらとても払いきれない、原子力事故は東電が一番責任があっても国民全部が責任あるともなる。何故なら国民を原発を容認していたからである。今でも敦賀の原発で原発をやめるなと知事が関西電力よ要望していることでもわかる。危険より金なのである。福島の事故があってもそんなことを堂々と請求しているのだから原子力事故の怖さがわかっていないのだ。自分の所だけは事故にならないと思っているのだ。


ともかく多少落ち着いてきたから庭の花なども鑑賞できる。花すらゆっくり見ていられなかった。今でも何かと回りに追われる感じになる。毎日原子力事故のことや津波のことを考えさせられる毎日だった。やはり写真をとってみて発見がある。牡丹に朝日がさしてこれはきれいにとれていると思った。苧環の花もうまくとれている。ごちゃごちゃしているからその辺はだめだった。

写真はやはりとってみてこれはきれいだなと再発見することがある。人間の目でみても写真で発見するものがある。今回の津波ではそうした信じられない光景が写真に残された。でももう瓦礫の山には疲れた。正常な風景に戻ってほしいとなる。正常になるのは普通になるのはまだまだ時間がかかる。千人が入る仮設住宅はやはり多いなと思った。避難所から仮設住宅と被災者の生活も変わり気持ちも変わってくるのだろう。これからはもう津波は千年来ないのではないか?もしかしたら千年の平和がつづくかもしれない、あんな大きな津波はもう来ない、やはり千年に一度の津波だったのだろう。あとは平和の日がつづいてほしいとなる。


 

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