2011年05月02日

福島市から郡山市に風で流された放射性物質

kazenagarehh2222.jpg


わかりやすい放射線分布の地図
http://static.ow.ly/photos/original/aN0E.jpg


福島県は1日、県中浄化センター(郡山市)で処理する下水汚泥から
1キロ当たり2万6400ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。

放射性物質は風の影響が非常に大きかった。3月11日の時期は春の始めであり東風(こち)が吹きはじめる時期だった。東南の風も吹く、その風に乗って飯館村から福島市に流れた。でも郡山市がなぜ高いのかとなると解せなかったが今回の地図を見てわかった。つまり福島市の方に流れた放射性物質が今度は北風にのって中通りを流れた。福島市→郡山市だったのである。原発のある双葉町から風に乗って流れたのではない福島市から北風にのって中通りを流れた。なぜなら中通りは平地が多いのだから風に乗って流れ安いということがある。
一方田村市は山にさえぎられて風向きも違っていたので影響なかった。放射性物質はその時の風の影響が大きい。南相馬市も東風だから低かったのである。この東風は3月11日の時期はいつも吹いているわけではない、すぐに北風に変わるし4月まで春北風(はるきた)という季語があるように北風は吹きつづける、すると福島市から北風にのって郡山市に放射性物質が持続的に流れた。郡山市の下水道から高濃度のセシウムが検出されたというのも福島市から北風にのって流れた放射性物質が堆積したものなのだろうか?

ともかく放射性物質はチェルノブリでも同心円には拡散しなかった。だから20キロから30キロ圏内が南相馬市が緊急避難地域になっているが地図で見る限り相馬市も確実に放射線の量は同じであり変わらない、そしたら同心円で決めるのは科学的ではない、政治的判断でそうしているのだ。相馬市まで保証できないからそう言っているにすぎない、30キロから数キロ離れた鹿島区は保証の協議中だという。相馬市はなんの保証もないのかとなれば現実に土の中から南相馬市と同じくらいの放射線が出ているのだ。いづれにしろ緊急避難の命令が出たら相馬市に逃げてはだめである。それ以上80キロ以上逃げないと安全圏にはならない、仙台辺りまで逃げないと安全にはならない、原子炉が爆発したりしたらそこまで逃げなければ安全ではない。浪江の人は最初津島に逃げたのである。これも距離だけ計算して逃げたからそうなった。津島は最も放射線が高い場所だったのである。その人は次に相馬市に逃げた。でも相馬市でもこれからは安全ではない、緊急避難地域はこの地図で見る限り新地まで入る。政府で緊急避難地域と指定したのはあくまでも科学的ではない政治的判断である。指定すると保証問題が出てくるからしないだけで危険なことは危険なのである。避難命令を出したらあとの保証が鰻登りになり保証しきれなくなるからだ。だからあえて危険でも避難命令を出さないということがありうる。現実にそうしているのだ。何故なら福島市や郡山市の方が避難してもいいくらいに放射線が高いからである。


この地図では飯館村でも8マイクロシ-ベルトと2マイクロシ-ベルトの地帯がある。大倉辺りは2マイクロシ-ベルトかもしれない、なぜなら山にさえぎられているからだ。ただ8マイクロシ-ベルトの帯は霊山の近くまで伸びているとする佐須辺りも8マイクロシ-ベルと地帯なのか?伊達の方にも2マイクロシ-ベルト地帯は伸びている。地形の影響もあったが第一に風の影響が大きかった。飯館村は風の影響で不運だったのである。大倉でも計画的避難地域になり避難することがうながされている。いづれにしろ福島市とか郡山市に風で放射性物質が流れたのは自業自得かもしれない、飯館村は全く不運であり同情するが福島市は県庁のあるところであり今の知事は原発を許可した原発利権知事だったしもし30キロ圏内しか放射線で影響しなかったらいかに原発が危険なものか体で知ることはできなかった。全国でも最初にアメリカが80キロ圏外に脱出しろといったのは正解だった。危険も最も見込んでそう警告した。実際に原子炉が爆発したのかと思ったしその時大量の放射性物質が流れた。だから80キロ圏外に出ろというのは別に大げさでなかったのである。地図をみても新地までは2マイクロシ-ベルト地帯であり危険地帯である。 政府からの避難命令は政治的判断が入る。保証問題が出てくるとめんどうだから危険を言わない、現実に東電の社員は危険をいち早く察知して子供を遠くに避難させて自分たちも逃げた。放射線の危険を知っていたからである。その恐怖は知っているからこそ敏感であった。放射能の危険を知らない人は今でも知らない、毎日数値だけで計るほかない、何かすぐに目に見えて被害がないのである。だから怖がらない人は怖がらない、自分も無知だから怖がらなかった。でも今度はいくらか学習したので怖がるようになったのである。


あとがき

地図を見ると福島市より流れたというより飯館村辺りからも風向きで北風が吹いて郡山市に流れた。地図ではそのような分布になっている。福島市まで流れて郡山市に流れたのではなく
途中風向きで北風になり郡山市に流れたのである。
posted by 老鶯 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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