2011年04月01日

原発の被害を直接受けるのは責任をとらされるのは地元住民


原発の被害を直接受けるのは責任をとらされるのは地元住民

原発の下請け会社で働いていた人が浪江にいた。その人は原発は安全だ安全だと何度も言っていたし常に呪文のように東京電力でも安全だ安全だと言っていたし原発を推進してきたのは地元選出の国会議員だった。民主党が中心でもあった。共産党だけは批判していてその危険性を指摘していて文書も残されている。地震学者も貞観津波の例をひき何度も警告していたが東電はきかなかった。対称的に女川原発は津波を考慮して被害が大きかった女川でも地震と津波の影響はなかったし住民が避難所としても利用した。この相違は余りにも大きいのだ。地元でも確かに原発を推進する人が多かった。でもその責任は今や双葉町のように否応なくとらされている。浪江でも10キロ圏内であり利益を得た人も責任をとらされている。原子力はそこに住む住民が否応なく重い責任をとらされる。所払いとかの刑罰を受ける。長年親しんだ故郷に住めなくなるのだ。これほどの刑罰はない、重い責任はない、だから責任者は東電でも関係した人でも利権を得た人でも切腹でもしろとなる。そのくらいの覚悟をもってやるべきだったのが原発だったのである。住民は確かに原発を推進してもその責任を今回のように否応なくとらされるのだ。安全だ安全だと呪文のように説きふせられて軽く考え容認してもその重い責任を住民はとらされる。浪江の人はやはり住めなくなる責任をとらされる結果になった。そして自分のしたことを反省しているし住民も原発の恐ろしさを知り反省している。でも原発は今反省しても時すでに遅しなのである。もうその土地には何十年と住めなくなる。立入禁止区域として国が管理することになる恐ろしい刑罰を受けるのだ。簡単に帰れるということは甘いのだろう。放射能は簡単に消えないものだからである。


水循環→蒸気→圧力上昇→圧力を逃がす→放射能を閉じ込める箱の限界→放射能流出→でも温度は下がらないと悪夢のラビリンスが良く理解出来ます
(東京に原発を-広瀬隆)


すでに事故は専門家により指摘されていた。ありえない予言ではない、科学的根拠にもとづくものであり予想されたものであった。それをしなかったのだから東電の責任は重いのである。
もちろん推進してきた議員やら利権にかかわった人や地元の人にも責任はある。でも地元の人は今回のように重い責任を否応なくとらされるのだ。東電の指導者はそういうことがない、だから切腹ものだとなる。危険な現場で上層部が率先して指導して放射能を浴びろとなる。それが責任を果たすことである。それほどに原発は放射能は危険なものだった。その危険な認識が住民には欠落していた。むずかしいものだから安全だ安全だと専門家に何度も言われマスコミにも広告費を払うから事故後も安全だ安全だ、放射能は害がないと御用学者に言わせるのだ。実際は東電はずさんな会社であり一番危険な放射能を扱う会社とは思えないずさんさがあった。事故が起こった場合住民をどうするのですか?と質問すらできなかった。住民のことなど考えていなかった。住民もまた原発は金になるものとして歓迎していた。でも地元の住民はその重い責任を今とらされていることが違っている。要するに今や原発のために受難の民となっている感じなのだ。地元に帰れず他国で生活をせざるをえなくなった故郷喪失者の大群となってしまった。これも津波被害と同じように信じられないことだった。流浪の民となってしまうかもしれない、そうした不安で一杯にしてしまった恐ろしさである。


そして原発の事故の影響は30キロ圏内に留まらないこともわかった。外国までも影響するのが原発事故である。放射能は世界中に拡散される。そんな危険なものを扱うのには東電はずさんすぎたのである。リスクマネジメントに欠けていた。その弱点を明確に指摘されていたのに実行しなかった。そして大事故になった。その事故は取り返しのつかないものだった。それは天災ではなく人災だった。今回の大津波も天災だったが人災の面もあった。貞観津波があり千年に一度起こる自然の大きな時間のスケ-ルで起きたものでありそのスケ-ルの大きさに対処できなかった。相馬でも貞観津波の時今の海岸から奥深くまで津波がきていた、その証拠も見つかっていた。千年に一度とかなると誰ももはや危険を感じなくなる。だからこの辺で津波について語られることもなかった。三陸では被害があったから語られたが仙台から名取、相馬では語られていない、でも千年に一度でも起きたら悲惨だし災害は起きるということである。青松白砂という景色は人間が作った人工景観の美である。つまり海であったところを干拓してできた田の塩害などを防ぐために松原は作られた。その人工的に作られた田や海岸の村落が根こそぎ津波で破滅させられて元の自然の海に一時期戻ってしまった驚きがある。人間は自然に逆らい無理して住む場所を拡大化してきた。それが自然によって復讐されたから人災だったとなる。

本来海沿いから離れて住み高台に住んでいた。それが田を作ることで無理をしたのである。田を作ることも自然破壊でありそれが津波により元の自然状態に戻されてしまった。こう考えると神戸大地震のよう都市はいかに危険な場所かわかる。全く自然に逆らい作った人工都市が東京のような大都会だから一旦このような大地震や津波が来たら一溜まりもない、破滅の断末魔が待っている。なぜそんな危険な所に住んでいたのかと信じられない被害の後に語られることは指摘されることは確かである。東京でも未曾有の災害が待っているということである。

災害は明かに未然に防げるものであり人災の面も大きいのである。千年に一度でも起こることは起こるから警戒しなければならなかった。それをしなかったのだから人災だった。それは自然の調和を乱した人間の自然の復讐であり警告でもあった。それに従わずに地震や津波を甘くみた東電の罪はあまりにおおきすぎるので切腹ものなのである。塗炭の苦しみを住民が背負わざるをえなくなったからである。まさしく突然受難の民になってしまったのである。


陸奥の古代にも巨大津波の記録
http://www.musubu.jp/jijimondai25.htm#suma

posted by 老鶯 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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