2011年02月23日

初雲雀(30年くらいで個々人にも社会にも必ず異変が起きる)


初雲雀(30年くらいで個々人にも社会にも必ず異変が起きる)


東風(こち)吹いて海の近しも浜通り


海よりの東風吹きそよぐ初雲雀


蝋梅の咲きし長しも介護かな

東風(こち)が海から吹いてきていた。この風も寒く感じた。海から吹いてくる風は涼しいし春だとまだ寒い。山から吹いてくる東風はどうなるのか、山国に住んでいないからわからない、福島県では浜通りと会津では気候的にまるで違った世界だろう。そこで一年がどういう気候の変化をするかそこに住んでみないとわからない、人間はやはり風土が狭い範囲内でも違っている。
浜通りでも平地に住んでいるのと飯館とか山の方に住んでいる人ではまるで違う。気候そのものがちがっているからだ。そういうふうに気候は狭い地域でも違っている。つくづく会津は山国であり地理的に風土もわかりにくい、それだけ日本は狭いのだけで地形が複雑だからそうなっている。福島県だけでもその地理をわかるだけでも相当な労力が必要である。結局人間が実際に体感して知りうる範囲は狭いものになってしまう。

今日雲雀が鳴いたのを川で聞いた。春は確実に来ているけど東風といっても風は寒かった。
自分はやはり入院してから体力が落ちた。何か疲れやすいのだ。まともではない、運動できることはできてもそのあと疲れやすいし普通ではない、65才になっていなくてもその辺が体力の限界がでてくる、これは個人差が大きい。自分は老化が早い方なのだろう。それにしても人間は誰でも年取ればわるけどええ、人生も終わりか、たったこれだけか?これで終わりか?何もしていないではないか?そういう感想をみんな持つのである。あっというまに過ぎてしまうということである。若いときは何かしよう何かしようとあせっているけど何をしようがしなくてもあっというまに過ぎるのが人生である。そして最後に介護になるというのも運命なのか?蝋梅は結構長く咲く花である。一か月以上咲いていれば長く咲く花である。梅は桜よりは長くても一か月は咲いていない。だから長寿の花にふさわしい。

最近起こっているイスラム圏のデモにしても当然だと思う。30年も40年も独裁政権が続いていることこそ正常ではなかった。人間は個々の人生でも30年間とかなると必ず何か異変が起きる。家族も当然死ぬし変化が内部からも外部からも起こる。30年とか独裁政権の蜜を吸いつづけたのだからその最後は悲惨なものとなってもしょうがないという意見が多いのもわかる。あまりにも恵まれつづける人生などない、自分も30年間くらい恵まれていたが家自体がガタガタになった。人間は逆にそんなに恵まれない不運がつづくとも思えない、不運が苦労が何十年とつづいたら何らか幸運がやってくるのが人間ではないか?金運にしてもいつまでもないということは誰にでもありえないように思う。ただ人間は待てないで失敗するのである。いづれにしろこういう状態になったら独裁政権はもうもたない、時間の作用でそうなったのである。時間の力は人間をこえている。おそらく10年前にデモしてもこんなにデモが波及することはなかった。今やとめることができない、そういう時代に時間に逆らっても無力である。だからいさぎよく引くのがいいのだがもうできなくなるのも人間なのである。そういう甘い蜜を吸いつづけていた独裁者はやはりまだ同じ状態がつづくと思うのだ。だから簡単に引くことはできない、人間は引き際が大事だというけど過去の栄光も捨てにくいし権力は老人でもふるいたい金は手放したくない、地位も手放したくないというのが本音である。結局いくら30年でも長いように見えても終わって見ればあまりにも短すぎる、その栄誉栄華終わって見れば短すぎる、はかなすぎるのだ。ええ、これで終わりかということになりあきらめきれない、これが偽らざる人間の本音なのである。ムバラクは80をこえていたしカダフィも70近い老人なのである。でも老人で権力を手放したくない、人間は権力に固執する、引き際大事だと言っても簡単に諦めて権力を放棄する人はまれのである。
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