2011年02月12日

犯罪被害者になることは避けられない( 目黒の老夫婦殺傷事件の謎)


犯罪被害者になることは避けられない

「高級住宅地で金欲しかった」目黒夫妻殺傷
読売新聞 2月11日(金)15時46分配信
 
東京都目黒区の大原道夫さん(87)夫妻が自宅で殺傷された事件で、警視庁に10日、殺人などの容疑で逮捕された福島県いわき市常磐西郷町、無職木村義昭容疑者(65)が同庁の調べに対し、「高級住宅地に行って金が欲しかった。抵抗されたので刺した」と容疑を認める供述をしていることが、捜査関係者への取材でわかった。



この事件の動機は借金だった。金絡みの事件が多いからめずらしくはない、これも一種の通り魔事件と同じである。何か怨恨とかではない、この人とは全く前に面識がなかったのに殺されたからである。東京だとそういう事件が多くなる。突然全然見知らぬ家に高級住宅街だからと侵入して殺害される。これもそこに住んでいる人は恐ろしくなるだろう。金持ちが住む住宅地はアメリカのように中国でも塀で囲み警備員を配置しなければならなくなる。そういう物騒な時代になったことを知る必要がある。犯罪は犯罪にかかわらなけれは無関心なのである。犯罪の被害者になったとき犯罪にその危険性に敏感になる。一回怖い目にあった人は凄く警戒するようになるのだ。自分も犯罪は他人事だった。でも一回被害者になれば違う。そして経験からもう人間は犯罪の被害者になることは避けられないと実感した。秋葉原無差別殺傷事件でもそうである。そんなもの関係ないと思っていたがその被害者になることはありうることだと思った。強盗の被害者にもなりうる。そういう危険に満ちているのが今の社会である。これは田舎とかも関係なくなっている。この世から犯罪が決してなくならない理由は人間から不満をとりさることができないからである。


一番わかりやすいのは貧富の差である。最近はモノ余りでも格差社会になり貧困に陥る人がふえている。派遣とかフリ-タ-とかパ-トとか時給で働く人はたいして金にならない、それらの人は疎外感をつのらせる、そういう不満は鬱積してくる。正規社員と不正規社員は階級のようになってしまう。不満はいつの時代でも常に存在した。現代の不満は江戸時代より大きいかもしれない、江戸時代なら身分が固定化して世襲社会でありそれは運命でありそのことにいちいち文句を言う人はいない、定められた運命であり侍の子は侍であり農民の子は農民である。その身分に対して不満を言う人は少ない、インドのカ-スト制のようにあきらめていたのだろう。それがすべて悪いとはならない、身分の格差はあってもそれぞれの階級で分を守り生活していた。精神的にはかえって安定していた。それが明治以降身分制がなくなりみんな平等だとなったとき問題が生じた。戦後アメリカに負けて民主主義の社会になりさらに混乱した。みんな平等だというときあらゆることに対して平等を主張するとなると不満が爆発的に増大したのである。そこにはもうその人のもっている定められた運命はない、ある人が金持ちになったらどうしてその人は金持ちなのだ、自分も金持ちになれる、ある人が才能があったら自分も才能がある、ただ金がなくて教育されなかったためだとかあらゆることで平等を主張することになる。どんな優れた人でも優れた人など認めない、ありえないのだ。俺とお前は同じだ、すべての点で経済的にも才能でも同じであるべきだとなる。もしそうでないことは運命がないのだから社会的不公正のためだとなり不満は増大する。江戸時代のようにあきらめることはないからだ。


その不満を埋めるためにどうなるのか、犯罪になる。なぜ俺はこんなに恵まれていないのだ、金が入らないのだ、なぜ派遣で使い捨てにされるだけなのだとか長引く不況はますます不満を増大させてゆく、その不満の極端化したのが犯罪となり殺人となっているのだ。他にも女性ならいつも美人でちやほやされるのがだとかうらやんだりすることは昔と変わらない、女性のもっている不満も実に怖いものである。そうして殺人も昔から起こっているから現代だけではないにしろ不況になり格差が広がると犯罪は増大してゆく、つまりこの世から決して犯罪はなくならない、不満がなくならいからだ。例えみんなが豊になっても犯罪はなくならない、別な不満が必ず生まれてくるからだ。人間は決して満足することはない、その欲望には限りがないからだ。すでに優れた人は貧乏でも欲望を抑えた高貴な貧者が存在した。しかし現代ではかえって貧乏にがまんできない時代なのだ。一度豊かさを経験したから貧乏なことに耐えられないのである。
80代の人はもともと貧乏が常態だったから耐えられる、今の時代は豊であることが常態である。だから田舎だったら一人に車一台必要となり減らすことができない、でも実際は町方に住んでいれば車なくてもなんとか暮らすことができるし一台だけでも暮らすことはできるがそうしていない、減らすことができないのである。


そして現代で怖いのは凶暴化する老人である。60代から70くらいまでの犯罪が倍増している。凶悪化した犯罪が増えているのだ。老人の間でも経済的な格差が広がっている。その差が極端な場合もある。公務員は恵まれているというとき地方ではそうなるのだろう。一方でそうでない人は地方では時給だけでは金にならず格差が大きくなり不満が増大して都会だけではなく田舎でも60代の犯罪は増加してゆく。今の60代は50代とみていいからである。まだまだ欲望も深く色恋沙汰の犯罪も起きている。枯れて隠居するとはならないし隠居というのんきな身分でいられる人は少ない、経済的にそんな余裕がない人も多いからである。そこで老人間の格差でも犯罪が起きやすくなるか。老人になって怖いのは怖いもの知らずになる傾向があるからだ。もうこの先が短い、やりたいことをやって死んだ方がいいとかかえって将来がないからこそがまんできない、切れやすい犯罪に走りやすくなるのだ。若い人の場合は先が長いという重圧間で苦しんでる。この先どうしして生きていけばいいんだとかなる。老人の場合はそういうことより先が短いからそうした時間感覚がなくなる。やりたいことをやらなきゃ損だとかそれができないなら手っとり早く犯罪に走るとかなる。それが凶悪でも怖いもの知らずになる場合があるのだ。一生棒に振るというよりすでに棒にふっているとかなるから怖いのである。そういう自暴自棄から極端な犯罪に走るのである。殺人を犯すような人、強盗をするような人はせっぱつまって追い詰められているからこそする。自暴自棄になっていにからこそ犯罪を恐れないのである。

窮鼠猫を噛むとかなり本当にそういう自暴自棄になった人は怖い、そして何ら関係ない人もそうした人の犯罪にまきこまれるのだ。被害者に誰でもなりうるのである。この世にいる限りそのリスクから逃れることはできない、それは各自覚悟せざるを得ないのだ。殺人にならないにしてもそにに近いことはいつでも田舎でもどこでも起こり得るのが現代である。そうした狂気にまきこまれるのは誰にでもおこりえる、安全圏はない、田舎にもない、そして人間に不満がなくなることはないから犯罪の被害者になることもさけられない、それは各自覚悟するほかないのである。


自己中、周りを気にしない、思い通りにならないとキレる!そういう人も多いみたい!?

利己主義 + エネルギー = 犯罪 


民主主義は利己主義の欲望の追求でありそれに歯止めをかけるのがどこの国でもモラルがあったのだけど日本にもあった。80代の人はそうした日本的道徳を体得していたから違っている。しかしその後はそうしたモラルがない、宗教的にもない人が多いのだ。そういう教育も受けていないから犯罪を恐れない、特に60代になると自暴自棄になるから怖いのである。

posted by 老鶯 at 00:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
私も派遣で働きましたが給料は良かったですね。現場に入れば格差など関係ありませんし、派遣は入り込まなくて良いので、業務のみに集中でき、ある意味気楽な面はあります。小林様が示唆しておられる疎外感とは、どう意味かは解りませんが、スタッフ同士でも精神年齢が低かったり、利用者に非礼な言動をとる様な人間性とは業務上の付き合いに止まる事がありますね。視野を広めて頂ければ幸いです。
Posted by Ayumi at 2011年02月12日 20:42
追伸)今は年功序列社会ではありませんし、派遣、直雇用関係ありません。本人の才能や実力、どれだけ努力しているかで格差ができるのです。
派遣を選んだのは、自分が惚れた人に付いていきたかったので縛られたくなかっただけですが、今となっては憎しみに変わり過去形です。
Posted by Ayumi at 2011年02月12日 20:46
今朝の朝刊には、木村義昭の動機は韓国の病院に入院している娘の為だとあります。
娘が、どんな病で、いくら位の費用が必要だったのか解りませんが、冷静になり相談できる人を求めれば道は開けたはずです。被害にあわれた目黒夫婦も大変気の毒ですが、容疑者の気持ちを考えると心が痛みます。私も母の病気は予期せぬ事でしたから、先を案じましたが何とかなるものです。加害者も家族を愛するが故の犯行だったのです。恩赦により刑を減免されればとおもいますが、被害者の家族の気持ちも解りますので複雑な心境になりますね。
Posted by Ayumi at 2011年02月13日 07:33

>木村義昭の動機は韓国の病院に入院している娘の為だとあります。

この人は磐城出身だった。磐城の人が実際に相馬辺りまで廃品回収に来ているし自分の所にも来ました。磐城はそんなに遠くないですから、この人は自分の住んでいる磐城では殺人までの犯罪は犯さなかった。金がないなら近くでも今は犯罪を犯す人います、東京まで行って犯罪を犯したから近くではやりずらいという意識があった。そういう意識をもっていたということは近くに住んでいる人はほっとしているでしょう。逆に東京辺りではそうした他からの侵入者があるから戦々恐々とすることになった。

金がないと人間は今はどんなことでもしますね、娘のためにそれだけの犯罪を犯した。最近推理小説のドラマを見ています、動機がやはり第一に問題になる。人間を人を殺すにはそれだけの動機が必要になりますから、第三者から見てそんなひどい人殺されてもしかたないということもある。あくまでドラマのことであり本当でないにしろドラマにも現実を反映していることがあり被害になったから犯罪者の心理に興味を持つようになった。

どうしても娘のために金が欲しかった。この気持ちは子供をもっていないからわからないですがそれでもすでに65才とかなっていますからね、分別があるはずなんですがやはり娘のためとなりその分別がもてなくなったのでしょう。

でも犯罪が性急すぎた、入院して緊急なこともわかりますが犯罪を犯す人は性急すぎないか?
そもそも待つことができない?金だって今欲しいというのはわかりますが時間がたってからでも払うことができた、そうして待つことができないことが犯罪の要因になっていないか?
結果的にはずみであわてて見つけられ殺すはめになった。確かに動機的にはそれほど残酷なものではないとなるが急いでいたということがこんなことになったのでしょう。
Posted by プログ主(小林) at 2011年02月13日 21:49
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