2011年02月04日

春の鴨(松川浦十句)

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春の鴨(松川浦十句)


東風(こち)吹きて海に向かいて走るかな


広々と松川浦や春の鴨


船溜松川浦や春の鴨


海猫の春光あびて船溜


春潮や灯台に松の緑かな


春の日や大橋わたり沖に船


松川浦春光まぶし船帰る


春の日や大船泊まる港かな


原釜の春やここより塩の道

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昨日は海の方から東風が吹いた。福島県の浜通りは海から春がくる。京都辺りの山から吹く東風はわかりにくい,東風吹かば思い起こせよ梅の花・・・この東風は京都なら山から吹いてくる。東山の方から吹いてくるのだろう。盆地だから海は意識されない、でもこの辺では丸森だと山を越えれば海が見えるし海を意識する。丸森ならそうである。丸森で感じた東風はそうだった。山から吹いても海を意識するのだ。

松川浦の船溜(ふなたまり)は地名でもあり実際に船溜まりであり。そこに鴨が悠々と泳いでいた。鴨も広いから気持ちいいだろう。松川浦の青海苔が不作だというとき水温と関係していた。微妙に水温に影響されていた。今年は寒かったせいでそうなった。松川浦は特別風光明媚とはならないがこうした浦は太平洋岸にはまれだから貴重だとなる。大きな貨物船だが泊まっている。客船だったらいいが火力発電所があり石炭を積んだ船は外国からも来るのだろう。船の旅もずいぶんした。船には旅情がある。寝ころんだりしてゆったりできるのがいいのだ。東京から沖縄まで一週間かけて船旅したこともあった。貨物船みたいな船でありそんな船が通っていたときがあったのである。そういう時間をかけた旅が旅なのである。今は余りにも早すぎる旅で思い出に残らないのである。船旅ならやはり最後は世界一周の豪華客船の旅をしたい。三百万くらいだったらできないこともないだろう。この船旅は老人でも病人ですらできるだろう。船旅は楽だからいいのだ。この世の見納めにこの旅はいいかもしれない、ただ相当に暇だろうなと想像する。見るのは海ばかりだからである。ともかく旅は時間をかければかけるほど旅になる。その時間が勤めている人にはないから本当の旅ができないのである。旅は今や時間と金をかけて演出して作り出さないとできないのである。江戸時代あたりなら歩くことだからすでに遠くに行くことは時間をかけた旅になっていたのである。
松川浦から原釜からは塩を飯館や二本松まで塩を運んだ塩の道の出発点である。かならず飯館に行くまで一泊しなければならない、そこで助け小屋があった。その距離感覚が今の時代では感覚的に持てないのである。これも遠くへ旅に出るような感覚になっていたのである。行って帰るにしても日にちがかかるからである。
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