2011年01月23日

昔をふりかえる意義 (移動過剰が社会を荒廃させた)


昔をふりかえる意義
(移動過剰が社会を荒廃させた)

現代と昔の相違の盲点は昔は人は移動して生活していない、江戸時代でも長屋の大家が親同然というとき長屋でもそこで一生を終える人たちであった。今のアパ-トのように移動するのが普通になっているとそうした昔のことが誤解するようになる。時代劇で浪人が長屋に住んでいるがひょいとどこかに行っていなくなってしまう。長屋はそんな住人もいたのかと思ってしまうが長屋の人はほとんど移動しないで同じ場所で同じ長屋で変わらぬなじみの人たちと暮らしていたのである。江戸時代は明治以降より移動しない、移動しないだけではない、職業も親を受け継ぐのであり結婚も親に決められた家同士の結婚である。分相応というように階級があり武士は武士、農民は農民、職人は職人とそれぞれ暮らし方が決まっていたし職業選択にほとんど悩むことのない社会だった。社会が固定化して安定してていた社会でありこういう社会では犯罪は起こりにくい、ウチとソトも明確に別れていて村のウチでは協力して安定していた。ソトと交わることがない社会であった。
移動しないということは身近で生活を成り立たせねばならない、遠くに行けないのだから身近が大事になる。前田、門田、前畑・・・・とかが重要だったというとき家の前の田こそ生活を支える場所だったからである。歩いて行ける範囲で生活は完成する自給自足社会だった。これは町だってそうである。買物でも歩くとなると隣近所が便利になる。車社会になるまでみんなそうだったのである。移動するにしても馬とか牛が荷を運ぶのだから遠くに運ぶとなると一日かかりとかなるから基本的な生活は身近でできるようにしていないと生活が成り立たない、だから必ずしも貨幣が今日のように万能とはならない、貨幣がこれほど力をもつようになったのは交通が発達して外部との交流がグロ-バルに広がったからである。金があれば何でも買えるとなったがでも交通が発達していなければ原町区でも大原から市街に買物に行こうとなると簡単には行けないから自給自足の生活が基本になる。つまり金に頼らないでも生活できるようになっていないと昔は生活が成り立たなかったのである。移動することがどれだけ大変だったか車社会になったとき想像できなくなったのである。移動するのは基本的には歩くことであった。不思議なことに人間が歩くことがなくなると歩くという人間の基本的な感覚も喪失する。浮世絵では下駄を履いて歩きその足元に雪がふってくる。浮世絵を見ると人間が歩くという情緒があふれている。そんなことが当たり前だとなるが車社会になったら歩く情緒がなくなったことでもわかる。人間から歩く姿の美というかそうした感覚が喪失したのである。

手前味噌という言葉よくお使いになりますね。自分のことをほめる言葉です。これは自分の家の味噌汁なんです。味噌ではないんです。ですがもう少し前に行くと味噌も自分の家で造っていた家庭が沢山有りました。私の家でも私が中学生頃までは作っていました。
http://www.kanda-zatsugaku.com/070615/0615.html


醤油は味噌よりも手間がかかり、醤油絞りの職人を頼まねばならないため、早くから購入するようになりましたが、戦前まではほとんどの農家が自家製の醤油を造っていました。
http://www.hirahaku.jp/hakubutsukan_archive/minzoku/00000065/23.html


手前味噌という言葉も使ったことがないから死語になっているかもしれない、昔は味噌でも醤油でも自家製で作っていたのである。何かを買うということはよほどのことでないとしていなかった。農家では特に自給自足だったろう。町だと買うことが多くなるのは近くに買う店があったからである。それでも卵すら戦後まもなくして農家が放し飼いの鶏から商品として売るようになったのである。それまでは農家では鶏の卵を家でとって食べていたから農家の方が豊だった。卵自体贅沢なものだったからである。自分の家で店をやっていたとき自転車で卵買いに農家に行かされていたことでもわかる。卵すらまだ商品化されていなかった。1961(昭和36)年の流行語で「巨人・大鵬・卵焼き」だったのである。玉子焼きがこの頃やっとみんな食べられるようになった時代だったのである。玉子焼きを弁当にもっていたときうらやましがられたこともあった。学校でも玉子焼きを食べられない人はいたのである。その頃中卒や金の卵の時代だからやはり相当貧しかったのである。でもその頃から急速に高度成長時代に突入していたのである。


着物は仕事着、子供の着物など、ひとえものはすべて手織りでやっていた、糸を買い、これを染めて織ったのである。


越後平野の代表的な農村においては醤油は日常つかわれるようになったのは大正の後半期からであり鮭は今なお客用、正月用だった。   地方生活(島木赤彦)


こういう生活は江戸時代の継続であり基本的な生活そのものが変わっていなかった。なぜなら町でも囲炉裏があり燃料は炭だったからである。醤油すら使っていないということは意外である。醤油は外国旅行でももっていくと便利である。魚がでても醤油がないので困ったことがあった。醤油はそれだけ役に立つのに醤油すら使っていなかったということはいかに貧しい生活だったかわかる。醤油は広く売られていないから自家製でも作れないと使われないということになるからだ。人間の生活これだけ貧しかったのでありこの貧しい時のことをふりかえり今を見直す作業が必要なのである。


人間の共同が地域でもどこでも失われて無縁社会化ししているというときその原因の盲点が交通が発達していない時代は自給自足が基本であり身近ですべてをまかなわねばならないから身近で協力すまことが必要になる。そしてそこで金の力は大きくはまだなっていない、とおくから外部から交通が発達していろいろなものが入ってくると金が大きな力となる。もちろん金はすでに明治以降になると地租も税金も米ではない金になったのだから大きな力になった。でも生活そのものは戦前までは自給自足が基本だったのである。そういう時代は人間は身近で協力しあって生活していたしそうならざるをえなかったのである。だから現代の生活を見直すときこれまでも書いてきたがモラルが低下したというときそうしたほとんど移動しない自給自足的生活だったら犯罪も起こりにくいし古い日本的道徳も守りやすいものとなる。現代のようにグロ-バルに生活範囲が拡大するととてもそうした狭い世界で旧来の道徳を維持することは不可能になる。そこで外部から外国人まで入ってくるから犯罪はふえて治安は悪くなる。身近で協力するというより金の力が大きくなりすぎると近隣より金さえあればいいとなり近くの人も信用できなくなる社会になったのである。金がすべての価値観になってしまいやすいのである。


そして今は高度成長期と違って働いてもフリ-タ-、派遣、パ-トととかこれらは時給でありたいして金にならない、使い捨てのような人間性無視の雇い方であり労働のモラルもかなり低下している。働くのが馬鹿らしいという風潮が大きくなっている。逆に一方でモノあまりであり豊かな生活を維持しようとするとき車も一人一台とか必要であり手放せない、それで借金してでも今までの豊かな生活を維持しようとする。人間がそこで余裕のない人であふれている。そういう人たちは自給自足の貧乏な時代より汲々としている。心に余裕がないのだ。借金している人はまず心に余裕がないから交際したくない、でも借金している人が実に多いのである。それだけ家を借金で建てたとか余裕がないのに贅沢してきたのである。別に車がなくても一万の町でも町内ならス-パ-もあるし買物もできる。原町とか相馬なら本当に車がなくても医者も近くにあり便利だなとつくづく思う、ザイは車がないと今はやっていけないことは確かだが町内だったら別に車がなくても生活できるのである。こんなに人間が頻繁に移動する社会というのは人間的でなかった。そこからモラルの低下、治安も非常に悪くなったのである。田舎でも隣ですら油断できないと身構えなければならない、本当に怖い社会である。だからこうした社会にどうしてなったのだろうというとき昔はどうだったのだろうとふりかえる必要があるのだ。そこからもう一度社会を見直してみる必要があるのだ。郷土史というのもそういう面からも研究する必要がある。

人間は豊かさを追求してきた。それ自体は悪いことではないだろう。その結果としていろいろな負の部分が大きくなったことも確かなのである。移動しすぎる社会、豊さを追求して心に余裕がなくなった社会、これはやはり豊かさの過度の追求の結果だった。高度成長期とか戦前でも江戸時代でも貧しいときの方が日本人は道徳的には高いものをもっていて治安も良かった。

明治に来た外国人が日本人はほんとうにいい顔している、満足している顔しているとかその表情を見て感心していた。それは社会が貧しくても身近に協力しあねば生きていけない社会だったからかもしれない、それに豊さを過度に追求しないからかえって少ないものでたりるとしているからそんなにあくせく働く必要もないとかあった。今は豊になってかえってあくせくして心に余裕がない人が実に多いのだ。金がない金がないと金欠病になっている人が実に多い、それもあまりにも豊かさを求めた結果だったのである。ある程度の貧しさでいいとしていたらこんなことにはならない、豊かさの餓鬼地獄になっているのだ。これでいいとか満足することがないのである。
 

posted by 老鶯 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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