2010年12月19日

冬の月と岩(定着文明と移動文明)



一すじの道や大岩に冬日没る


大岩の位置を変えずに冬の月


cool winter moon
aged rocks
face to face
staitionary ones

岩と岩千歳向き合い冬の月


飯館の道の遠しや冬の暮


我が帰る冬の夜道に月影のさして川面に鴨の眠りぬ

文明というと遊牧民と農耕民に分かれる。遊牧民の特徴は羊の群れを導くことが生活になるから「方角」が大事なのである。それで砂漠の民とか草原の民とかは国旗に月か星印になる。イスラム系もそうである。砂漠の民や草原の民は移動の民だから星が大事になる。特に北斗七星、北極星は必ず目印になるから大事である。これはやがて遊牧民が航海に出る-海の民になったということはうなづける。航海も方角が一番大事であり北極星が目印となるからだ。遊牧民→商人→航海の民となるのは理解しやすい、千葉氏から分かれた相馬氏の妙見信仰も北斗七星でありこれは中国から韓国を経由して日本にもたらされたのである。中国は半分は遊牧民であり半分は農耕の民である。遊牧民は農耕の民に侵入して農民となった。インドでも遊牧民が農耕の民に侵入して混血文明となった。イスラムの文化が入ったのはそのためである。世界では遊牧民と農耕民の文化が混合している。

エジプト文明はピラミッドに象徴されるように定着文明なのである。三千年もつづいた農耕の定着文明である。農耕的定着文明と移動する遊牧民的文明は個々人でも国にも現れる。江戸時代は農耕的定着文明だった。明治以降は遊牧民的移動の文明だった。戦争で日本がアジアに進出したのも民族大移動したのもそのためである。こんな大規模に日本民族が移動した時代はなかったのである。つまり長い歴史からみれば明治以降百年は激動の移動の時代だった。戦後もまた一時は国内産業中心だったがグロ-バル化したときこれまた日本国民が世界的に移動する時代だった。若者が平気で世界一周するバックパッカ-の時代でもあった。経済活動でも激しく移動する時代だった。自分も三〇年間は移動する旅する遊牧民だった。しかし今や老人になったとき移動できなくなった。すると定着文明の価値観を志向するようになるのだ。一カ所にいてピラミッドのように動かないものを志向するようになる。それとにているのが石や岩なのである。それは千年万年と動かないものであり動かないことに価値があるからだ。


今日は冬の月がこうこうと照らしている。夜道でも知っている道だから無事に帰れる。自転車は夜は危険である。最近近くでも遠出できない、やはり毎日近くても一時間でも病院に通うのが手間なのである。つくづく浪江から通っていた人は大変なことを知った。あそこの家は自分より大変である。ともかく冬は定着する価値を追求するに向いている。春と夏は移動するに向いている。冬はじっとしているのが向いているからだ。

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