2010年11月18日

冬の月


残菊や我が墓所の前夕暮れぬ


我が一人庭を守りて冬の月


冬の月石に我がより一人なれ

人間はつくづく簡単には信頼できないものだった。そのことを痛切に感じている。「この人は信頼できるのだろうか?」一体何を基準に信頼するのか?本当に人間は簡単に信頼できない、世間知らない自分だからそうなった。狭い田舎でも今や人は信頼できない、外国だと法律をこれでもかと責任をもたないと契約したのは相手を信頼しないからである。人間は性悪説をとってそうした綿密な法律を作り出した。外国人と交わらざるをえない事情からもそうなった。
日本では比較的同じ民族であり村を中心としたとき内部では犯罪をおかしにくい、みんな監視しているし顔なじみであり犯罪しにくいのだ。それも変わってしまったのだろう。

そもそもこの人を信頼していいのだろうか?信頼はなかなか作れないものだった。信頼を勝ち取るには時間がかかる。互いに信頼しあうことは時間がかかる。新しく出会った人は簡単に信頼すべきではなかった。その辺が自分は甘かった。これも世間と接していないことから起こった。
お人好しだったとなる。今や一人だけどその一人もいいとなる。一人だと不純なものがない、不純な人が入ってこない、二人になればどうしても不純なものが入りこんでくる。人は信用してつきあいというけどひどいめにあえば信用できなくなる。石とか樹とか花とか自然は清浄であり信頼にたる。人間は信頼できない、かといって人間は人間と交わらねばならないから困るのである。

今日は冬の月がさえて光っている。


 

タグ:冬の月
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