2010年11月11日

晩菊(なんとか母は起きて食べた)

晩菊に鳩や介護に病院へ

母はなんとか今日は起きて少しだけ食べた。やはり起き上がらないと食事もできなくなる。
手も動かしている。毎日やっと手を重そうに一日何回か動かしている人をみてきたからあの人よりはずっとましである。ホ-タブルトイレにもなんとか看護師さんの助力でやれる。レントゲンでは骨折はしていない、でもやっと歩いていた人だからちょっとしたことで動けなくなることがある。でも今日は起きて食べたことは少し良くなったみたいだ。ただあの年だと回復するのには時間が相当かかる。一週間くらい様子をみないとわからない、また回復して手押し車で歩けたら凄いとなる。とにかく年が年なのだからいつ動けなくなっても不思議ではないのだ。でもあれだけ動けていることは寝たり切りになるような状態ではない。リハビリしていけば回復するのだろうか?


打撲くらいでは保険は治療費はでてもあとはたいしたものではなかった。交通事故の死んだときかかわっていたのでそんなものかと思い期待外れだった。120万が上限であるから本当に保険としては少ない、全額など出ようがないからだ。でも老人のように入院が長引けばどうなるのか?全治三週間だったら免許停止なにとかありぶつけた人も不運だったとなる。交通事故は死んだりしたら大金が入る。ちょっとしたけがだったら治療費さえ払ってもらえないとか保険会社は法律で責めてくるから要求できないのだ。いづれにしろ金もたいしておりてこない、それより回復して歩けるようになれば不幸中の幸いだったとなる。あの年になったら常にどこで死ぬかわからない、交通事故でも老人はかなり死んでいる。とっさの危険に対応できないだろう。
その交通事故を起こしたのが隣の人だったということも何か因縁だったのだろうか?
自分の家など全く無関心の人だった、近所は今や隣のことに無関心になっている。こんな事故でやっと隣に老人がいたとか認識しているのもそのためである。

晩菊と鳩というとりあわせも変わっている。介護する人が介護される人が多くなってくる。市立病院は結構あいていたが近くの病院は満員になっている。4人部屋が6人になり一人はベッドに寝ていない、これからは病院にすら入るのが容易でなくなるのかもしれない、高齢化社会の歪みはいろいろな場所にでてくるし思った以上本当に深刻である。その大被害を受けたのが自分だったらその高齢化歪みを認知症の介護やらヘルパ-やらお手伝いさんやらその他孤立する老人の問題は深刻でありそれは社会をゆるがしモラルを破壊してゆく恐怖を感じた。介護されるような弱い老人ばかりではない、60代なら強い欲望をなおもっていてその欲望を充たそうとする。もう先がないので我慢などしない、刑罰の恐怖もない、もうあとがないからやりたいことをやるとか犯罪までゆく、犯罪の意識すらなくなる暴走老人がふえてくる。高齢化とはいろいろな面で実際は社会を破壊する恐ろしいものだと実感したのである。


 

タグ:晩菊
この記事へのコメント
本当に不幸中の幸いです。
ご高齢ですが、元々精神力がお強いのですね。
シルバーカーを押して歩ける御姿になれるよう心よりお祈り申し上げます。
お大事になさって下さい。
Posted by Ayumi at 2010年11月11日 21:05
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