
藤の花−随想(1)
藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君 330
藤の花を見て都という繁華な世界を思い出している美的感覚がわかりにくい、桜だったら栄えている都を思うことはある。藤の花だったらそもそも万葉時代だったら山深く咲いている藤の花があっているのではないか?でも実際は藤の花は日本では早い時期から山の花ではない、人間に身近なものとして親しまれていた。藤原京に藤がつくのもそうだし藤がついた姓−佐藤など一番日本人には多い姓なのである。だから一番早くからなじんだ花なのである。
妹が家に伊久里の杜の藤の花今来む春も常かくし見む 3952
なぜか藤の花は社にあう、神社にあう。相馬(中村)神社の古木の藤もそうだし藤の花は古い社ににつかわしい。ここで常かくしを常隠しと読むと面白い。常に隠して隠されて見るとなると何か私の好みにあったものとなる。ただいつものように見るのではつまらない歌となるからだ。この伊久里の杜はやはりどこかわからないが見事な藤の木がある。その写真をみて一首作った。
(万葉の藤−三条市)
http://www.naviu.net/manyounofuji/manyounofuji.htm
百の藤地に垂れんかな万葉の謂われを伝ゆ古木なる藤
藤の花は社に一番あっているのだ。
社一つ何の謂われや藤の花
とかなる。山に咲く藤より人間界に咲く人間的な花となったのが藤である。
我宿の藤の色濃き黄昏に 訪ねやはこぬ春の名残を
その御文は、見事な藤の枝に結びつけてありました。夕霧はお誘いを心待ちにしておられましたので、胸ときめかせ、恐縮してお返事申し上げました。(藤裏葉)
なかなかに折りや惑わん藤の花 黄昏時のたとたとしくは
源氏物語でも藤壺からはじまるから藤は親しまれた花なのである。ここではかなり艶なる藤となっている。藤棚は庭にもあっているし宮廷の御殿にもあっていたのだ。
紫がヨ−ロッパの古代でも高貴なものの色とされたのも同じ美的感覚なのかもしれない、高貴なものの色として藤の花も紫だからそうなっかのかもしれない、藤原京というのも藤を都のシンボルとするのは紫の色からかもしれていのだ。
色あひふか花房ながく咲きたる藤の花の、松にかかりたる
清少納言は、この藤の花を<あてなる(上品な)もの>にも挙げている。薄紫色に白がさねの汗衫(かざみ−女童の表着)、雁の卵、水晶の数珠、藤の花…。今なら「上品であるするものは」というお題への答えとでもいうべきだろう
塀の内誰か高貴(あて)なる藤に月
藤の花風にさゆれて今日も咲く風穏やかにやさしかるべし
今年は乾燥しているから風が強く盛んに藤の花もゆすられた。風に揺れる花を藤波としたというが藤の花は穏やかな風にわずかに揺れてあとは長々と静かに垂れて咲くのがあっている。長い白壁の塀があるところは情緒がある。これは京都とか奈良、萩には残っている。福島市の医王寺にも白壁の塀がある。これがコンクリ−トとかの塀となると情緒がなくなる。石塀小路とか京都にはあり情緒がある。藤の花とか紫陽花はやはり日本的な花なのだ。牡丹が中国の国花のようにバラがヨ−ロッパのシンボルのように藤の花と紫陽花とかは日本的情緒をかもしだす花なのである。日本的風土に一番映える花なのである。