2010年09月19日

猛暑の後遺症(人間は生きることはなんらかの犠牲である)


 猛暑の後遺症(人間は生きることはなんらかの犠牲がある)

 

猛暑の後遺症は体に影響が大きかった。今年の五月ころから胃腸の調子を悪くした。オレンジとか最近は甘い糖分の多いミカン類が出ていたが果物好きだから食べすぎて胃腸を悪くしたのがはじまりだった。そのあと庭作りで無理したことと暑さが重なってずっ-と胃腸を悪くした。今も本調子ではない、胃腸は体はもともと弱いにしてもこんなに長くつづくことはなかった。そして猛暑がやってきた。最初は長くつづくと思わなかった。それがいつまでも34度とか35度とかここでもつづいたのである。それが体の変調にをきたした。どうしても果物類など甘いものばかり食べたから体が変わってしまった。あまりに甘いものは胃腸に良くなかった。それが長くつづいたことがまたひびいたのである。そしてお盆過ぎたら涼しくなると思ったがろらずさらに暑くなったことがひびいた。その時北海道に避暑に行くかと考えた。今までならこんなこと簡単にできた。
ところがここ五年間は介護とかになりどこにも出れない、そのことが一番辛かった。今も半場介護生活だからできない、梅雨の間はふらっといつでも北海道に一カ月くらい行っていたことがあった。そういうことが簡単にできたのである。今になると一日の旅行することが大変なのである。それより姉が生きているときは一日の中でもすら自由がなかった。誰もみてくれないから8時までには帰らねばならない、するとのんびり一日すら旅行できなかった。それでも自転車でなんとか近くを回っていた。今になると自由に旅行することがこんなにむずかしいものができないのかとつくづく思った。

 
自由に旅行することは相当恵まれていないとできないものだった。なぜなら普通の人は勤めているのだから一カ月の休暇などとることができないだろう。とするとまともに働いた人は自由な旅行ができないとなる。本当に旅するとなると時間も金もそれなりに必要だし大変な労力がかかる。今は車で簡単に行けるじゃないかとなるがでも電車とか自転車だとそうはいかない、まず時間がかかる。だから普通に勤めていたらそうした電車とか自転車とか徒歩とかの旅行はできない、それから体力もないとできない、60からでも自由な旅行をする人はいるが一般的に体力あるうちでないとできない、だから自由な旅行することは本当に相当恵まれていないとできないものだったのだ。そのことを今否が応でも認識させられた。ええ、今まで簡単にいつでもふらっと旅立つことができたのにできない、そのことが衝撃だった。そしてつくづく思った、今回の猛暑で自分は体を悪くして寿命を縮めてしまったと・・・これは誇張ではない、もちろん高齢者で死んだ人もいたのだからこの猛暑の後遺症は相当の人々が受けているのだろう。ただ北海道にお盆過ぎた辺りから行っていればこうならなかったろう。それかできなかったことが寿命を縮めた。それが悔しかった。
 
そんなことが悔しいのか贅沢だ、ク-ラ-がなくて死んだ人を考えろとなるが自分のことを正直に言っているだけである。なんて情けないやつだともなるがどうにもならない、あの時北海道に行けたらこんな体の調子になる必要はなかったと恨めしかった。なんか今になると介護のために犠牲になったと思った。そんなことで犠牲になったといえるのかとおしかりを受けるかもしれないないが贅沢な時代には贅沢な不満が出てくるのだ。そういう不満に満ちているのが現代なのである。山村で医者にかかれないで死んだとかなるもの凄く悔しい思いをするだすろう。昔だったら江戸時代だったらそもそも医者などいないから法印とかに祈ってもらって終わりである。あとは地蔵様にでも祈るほかなかった。それはそれでその時代のことであり不満があってもどうにもならなかった。でも今の時代は病院は街に出ればあるしできるからこそ大きな不満となる。だから昔がこうだったからそんな贅沢あきらめろとは言えないのである。現実に心臓移植で一億ではたりないとか募金している人がいるがそれも心臓移植で生きられるとなると募金で金が集まるとなるとそれを人は望むのである。昔だったら心臓移植などできるはずがないのだからあきらめるほかない、現代では望みがあるとなるとあきらめきれない、不満が残るのだ。そして現代はグロ-ルバル化社会だから国内だけではない外国までその希望を満たしてくれるところがある。心臓移植でもできる生きられるとなるとその可能性に賭ける人もでてくる。それができないと心臓移植さえできていたらもっと生きられたのにと不満になるのだ。
 
現実に沖縄には安い宿に3年いた老人がいた。金沢辺りの人であった。寒い冬を雪ばかりの世界をさけて沖縄でのんびり暮らすことが今ではできるのだ。だから北海道で避暑して暮らすこともできる。そういう安い宿も用意されていた。一カ月でなくても二週間くらい行けていたら相当楽だった。それができなかったが恨めしいのだ。その原因が介護にあった。もう先が短い老人のために若い人が犠牲になるのはおかしい。若い人は老人の介護に使われこと自体不自然を感じてしまう。老人のために若者に犠牲になる社会に未来はない、親がどうしたって子供のために犠牲にならざるを得ない運命にある。逆に子供が親のために犠牲にされるというのは不自然である。戦前はそういうことが多かったし今でも後進国では子供は労働力として考え生み育てている国も多い。人間は結局、何らか犠牲にならざるをえない、親は子の犠牲になるのはしかたがない、でも老親のために犠牲になるのは不自然である。自分の場合は犠牲の上に恵まれたから今になると文句は言えない、自由がありえたのはやはり親であれ誰であれ犠牲があったからである。この世の中、そもそもいかに犠牲が多いか、犠牲になるために生まれてきたのが人間なのだ。ある人は若くして肺病で死んだ、その話を聞きこの墓に埋まっているということを聞くとき胸がつまる思いがする。自分の父親は上の学校にあげてくれと言って中学のとき死んだ。ろくに学校もでていないからそう言ったのである。みんな何かしら犠牲があり不満があり恨めしく犠牲となり死んで行った。その犠牲の上に我々の生がある。
 
一番犠牲になったのは戦争で犠牲になった人たちである。戦争の是非はともかく20代で国のために死ぬということそれがどれほどの悔しさだったか今回の猛暑の後遺症で重ねて思った。この年になってそんなことですら悔しい思いをするのだから戦争で若くして死んだ人の悔しさは計りがたい、想像を絶する、でも歴史は今から考えるほかないのだ。自分の経験から重ね合わせて歴史はしるほかない、そんなもの犠牲でも何でもないとなるが自分にするとやはり辛いなと思いその辛さから昔の苦労を偲ぶ歴史を偲ぶのである。いづれにしろ今回の猛暑は辛かった。最近血の小便が出たのにびっくりした。内蔵機関も相当弱ったのである。本当におおげさではなく寿命が縮まった。ただ前のように北海道に避暑していればこうならなかったとつくづく思った。それができなかった。それで犠牲になったと悔しかった。今まで簡単にできたことそれができなかった。ええ、なぜこんなことが今できないのかとつくづく思った。それが寿命を縮め体を衰弱させて持病を悪化させたことが悔いるのである。でも介護は実際どうにもならないのだ。それで犠牲になる人があとをたたないのである。60代以上の人はそれなりに生きたのだからしかたないといえばそれまでである。でも人間は贅沢な時代は贅沢な時代なりにいろいろ不満があるものである。やはり命にかかわることになると人間は健康にもっと生きたいということは変わらないのである。こんなに長生きしても人間がこれだけ生きたからいいやとはならない、他からいくら言われてももっと健康に生き何かを成し遂げたいとなるのだ。それを感じたのが今回の猛暑による後遺症だったのである。
posted by 老鶯 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/40814084
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック