2010年07月04日

昼顔(庭作りとリホ-ム)

 
この道の木陰の長く草深く昼顔の咲き人一人行く

この道の木陰の長く森深く鳥の音ひびき夕暮れにけり
 
 

昨日はイギリスのチェルシ-フラワ-ショ-での庭作りコンテストをNHKハイビジョンで見た。また門作りとか庭をリホ-ムしている。庭作りになぜこれほどひかれるのか?庭作りは自然を活かすことなのだ。水を風を花を狭い空間で活かすことなのである。結果的に複雑なものよりシンプルな設計を基にしたものがゴ-ルドになった。それは幾何学的に極めてシンプルなのである。
やはりヨ-ロ-バ人にはそうしたシンプルなものが受けた。こんなにシンプルなものがゴ-ルドなのかと思ったがやはりシンプル故にかえって癒しがあった。日本の庭も苔の庭も良かったのだがかえって複雑になっていたから理解されなかったのかもしれない、そもそも茶室はシンプルなものでありそれがかえってヨ-ロ-バ人の作った庭がそのシンプルさを具現化していた。ただ風の通り道のようなものを作るだけで他に何も作らない、それこそ自然にマッチすることだったのである。余計なものを作りすぎてもかえって自然にそぐわなくなるのだ。これはNHKハイビジョンを再放送かでみるほかない、

 

次のテレビ番組は介護のためにリホ-ムした家だった。都会だとあんな狭い路地の奥に住んで介護を受けねばならない、なんとも窮屈である。それでもあの90才のおばあちゃんはめぐまれていた。二人も娘に住み込みで介護されているからである。回りを見回しても介護している人はあんなにめぐまれていない、自分にしても他の人にしてもそうである。ギリギリの人もいる。
介護は本当に差がでてくる。でもリホ-ムに一千万以上かかるのは辛い、それだけしてまた二人も娘が蚕してくれるのだからこれほどめぐまれたことはない、あれをみてうらやましいかぎりだった。介護はつくづく家族でもむずかしいしましてや他人ではいくら金をもらうからといってできないものなのだ。

川子の高台の道はいつ通っても気持ちいい、長い木陰の道がつづき草むら深く昼顔が咲き
森にはいつも鳥の声がひびいている。あそこもただ本当の森ではない、大きな廃棄場ができたためできた道である。だから大きな機械の音がするから自然の森ではなくなっている。今日もあそこの道を通っても車もほとんど通らないということがいいのである。

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