2010年06月15日

食は文化だった(アメリカ人と日本人の体は違っている)


食は文化だった(アメリカ人と日本人の体は違っている)

最近胃腸が悪く今までになく長引いたので健康のことを前より考えるようになった。

口蹄疫問題の深層は何か?(牛肉を食べることが必要なのか)
http://musubu.jp/jijimondai40.html#kotei

ここで「魏志倭人伝に牛、馬、虎、豹、羊、鵲(かささぎ)が(すま)ないとある。日本には牛、馬、羊はいなかった。 」日本は古来、魚介類中心の食生活だった。家畜文化がない特殊な国だった。

その謎も「アメリカ人の腸と日本人の腸は何が違うか?」という章を読んで解けました。また、アメリカ人の異常な太り方をしている人を見て、なぜあそこまで太れるのか不思議に思っていた謎も解けました。
新谷先生いわく、日本人があそこまで太れないのは、そこまでいく前に胃を悪くして食べられなくなってしまうからなのだそうです。それだけアメリカ人の消化器官は日本人に比べ丈夫なのだそうです。また、アメリカ人の胃腸が丈夫なもう一つの理由は、アメリカ人の方が消化酵素の量が多いからだそうです

アメリカ人の太りようは日本人の太りようとは違う、本当にとうしてあれだけ太れるのかと思うほど太っている。アムトラックに乗ったが座席が日本の座席より広いから悠々として楽である。そこに巨体のアメリカ人がどっしりと座っている。鉄道の軌道も広いからそうできる。いかにも大陸的である。アメリカ人とかヨ-ロッパ人はもともと牧畜民であり乳製品を食していたから体の作りが根本的に違っていたのだ。病気でも日本人は胃癌が10倍もアメリカ人より多いのは日本人には胃腸が弱い人が多いことがわかる。人間の体自体がその土地の文化から作られてきた。そこにグロ-バル化した結果、人間の体まで変化してきたのが現代だったのである。理想的なのは地産地消だったがその枠をはるかに越えて様々なものを食べるようになった。そうすると体も変化して栄養取りすぎの糖尿病とか太りすぎで高血圧とか心臓病が増えたりする。その国や民族の体質は長い年月をかけてその土地に合うように作られてきた。だからアメリカ人の体質と日本人の体質は相当違っている。アメリカ人が消化酵素の量が多いということは肉食とかにも向いているのだろうし乳製品、チ-ズなどを食べるのに向いているが日本人は向いていないのだ。
だから牛肉とか豚肉とかがつがつ食べることに日本人は向いていない、胃腸がそうできていない、むしろ米などが主食だから腸が消化するために長くなっているのだ。食をグロ-バル化することは体まで破壊される。いろいろな栄養がとれていいのではないかとなるがそれ以上に余計な栄養をとりすぎて病気になりやすいということもある。現代にはその傾向が強い、自分の場合も果物類が好きだから暑いのでとりすぎたということがあった。やはり今は何か栄養をとりすぎて病気になりやすいのである。

1日3食説が広まったのは、近代以降、かのトーマス・エジソンが、新発明のトースターを売るために「健康のためには1日3食。アメリカ人は朝食をしっかり食べるべきだ」という話を広めて以降のようです。
(おかげで、新発明のトースターはたくさん売れたそうです。)

食習慣も新しい機械の発明で変わってしまった。本来はそんなに体が要求しなくてもモノでも必要でなくても買わされるのが現代である。売る方で売れないと困るから買ってくれとなる。
仕事でも仕事がないと困るから無駄な公共事業でもやめるわけにはいかない、そして一番怖いのはいらない高価な薬まで飲まされることなのだ。製薬会社では薬が売れないと困るから必要のない薬でも売るようにしかける。インフレインザのワクチンなども過剰に危険性を宣伝する。製薬会社はマスコミでも政府にでも金を供給して危険性を過剰にあおり売らせる。これも薬が売れないと困るから製薬会社がそうしくむから買わせられることになるというのも納得がいく。
極端でもない現実の問題としてアメリカは兵器産業がありそこで武器を作っていても売れないと困るから戦争をしかけて売り込むというからこれも怖い、現代の経済はそういうことが多いのである。

 
 オリンピックでもグロ-バル化した世界でありこれも実際は平等なものではなく歪んだものにした。柔道でも日本の文化であり世界の競技となるとき力だけのプロレスとにたものとなり柔道という日本の伝統文化自体が失われたという皮肉があるのだ。マラソンは耐久力の勝負だから日本人に向いていたので女性で金メダルをとることができた。その他が全く勝てないのはそもそも牧畜民系統の食生活から作られた体力と米を主食とする農耕民では根本的に違っている。消化する酵素の量が違うとかなると肉食でも平気であり体力も相当違ったものになる。だから筋力の勝負ではアジアでは日本人は欧米人に勝てないのである。つまりグロ-バル化したオリンピックはそれぞれの国の文化の破壊でもあったという皮肉がある。一見グロ-バル化の平等の競争のように見えても根本的に体力と力では勝てない競技が多いからそうなっいるのだ。欧米人に有利な競技になっているからかえって不公平なのである。グロ-バル化そのものがもともとは欧米人に有利なように作られていた。欧米に世界が支配されたから当然そうなったのでありスポ-ツも一見平等の原理が働いているようでも根本的には欧米人が有利なようにできていたのである。
 
余談だが老人は金を使わないというが健康関係のために医療のためには使うのである。このところ胃腸が悪くていろいろな薬を買ったりした。それも高価なものもあったが高価なものでも買わざるをえなかった。医療には実際は金がかかるのだ。でも老人はこういうところには金を使う、他はあまり使わない、つくづく人間で一番大事なのは健康である。特に60以降は金があっても健康がないなら不幸になる。健康の価値は年とることに比例して重要になってくるのだ。若いときは健康問題はそれほどではない、現実にこんなに胃腸が弱くても長引いたことがなかったからである。


 

posted by 老鶯 at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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