2010年05月19日

キャノンの一眼レフカメラの「Error 99」は解決


キャノンの一眼レフカメラのError 99は解決

 

キャノンの一眼レフカメラのeroor99の原因は記憶するカ-ドだった。カ-ドなら何でもいいと思い通信販売の安いのを買って入れていた。それが原因でeroor99が出たことは意外だった。
電器店ではカ-ドが高いと思い通信販売で買ったことが失敗だった。カ-ドはみな同じだと思っていた。通信販売の弱点がこんなところにあった。そのカ-ドはカメラ用ではなかったのだ。
カ-ドもセットとなっていて電器店で用意したのを入れていれば問題なかった。
カメラでもそうだが機械も単体で機能しているのはない、今や様々なものが複雑に構成されている。昔はパソコンの周辺機器が相性が悪いとか機能しないのが多かった。今はそういうことが解決されたからどれでもいいと思っていたのだ。どんなものでも単体で機能するものはない、必ず総合的に機能する働くようになっている。通信販売は単体で安いものを買うことがあるがそれで失敗したのである。やはり電器店でセットとして買うのがいいのである。通信販売にもこうした弱点があった。こうしたことはなかなかわかりにくいしそういうことがかなりある。そういう知識は相当専門的だからわかりにくい、カ-ドがどの機械にも有効とはなっていなかったのだ。


人間の体も一部分が悪いからその一部分を切り取ってしまいば直るというのが西欧の考え方である。ところが人間の体が悪くなるのはやはり全体的な影響から部分がおかしくなる。特に老人の病気は老化が影響しているから全体の体の機能の衰えから病気になるから直しにくいのである。人間の体でもそうだし地球の生命もそうである。単体で存在しうるものはない、大きな全体の中に機能している。地球自体でも宇宙があるから地球が惑星がありうる。地球単体で地球は存在しえない、生命は一部分を切り取って単体で存在することはできない、全体の中で生きることができる。口蹄疫の問題にしても水牛をとり入れたらそれに付随してウィルスも入ってきた。水牛は日本ではとり入れていなかった。そこに落とし穴があった。グロ-バル化はこうしたウィルスの侵入などが防ぎようがない、どこからでも入ってくる、つまり食品だって単体ではない、そこにバイ菌も付着していたり何か良からぬものが同時に入って来たりする。これだけ自由に行き来する社会はもはやそうしたものを防ぎようがないのだ。
 
日本では牛、馬、豚はいないという漁業で成り立っていた国である。牛、馬、豚や羊でもそれに適した地がありそれが文化だった、culture(耕す)だった。それがグロ-バル化で破壊されて本来の日本の独自の生態系が破壊される。それが二十世紀になりあまりにもグロ-バル化しすぎたのである。だからそれぞれの固有の文化は破壊されるし生態系も破壊される。セットで存在する生命体が破壊されてしまう。日本ではもともとも牛、馬、豚がいなかったのだからやはり畜産というのは向いていなかったのではないか?外国には必然性があっても日本にはなかった。それが極端なグロ-バル化で破壊された。口蹄疫の問題もやはりグロ-バル化の問題として露出したのである。

 

注意 
 

キャノンの一眼レフカメラは直っていませんでした。
error99と出なくても症状は同じでありバッテリ-を入れ直さないと
セットに電源が入らない、いちいちバッテリ-を入れ直さないと
写すことができない、ただ途中でerror99が出ないだけで
写すときは必ずバッテリ-を入れ直さないととることができないのである。

posted by 老鶯 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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