2010年05月17日

亘理から阿武隈川を下り海へ(夏の短歌)

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阿武隈川大橋わたる夏雲雀


夏の日や大川二つ渡るかな

郭公や大川二つ渡るかな

名取より飛行機雲や夏の空

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山下の駅にはおりず朝静か菖蒲咲きにき電車過ぎさる

夏の朝阿武隈川の広々と太平洋に注ぎ入るかも

夏の朝まばやく光る太平洋阿武隈川のここに尽きにき

阿武隈川流れは尽きて海見えぬ蔵王を仰ぎ船はいでゆく

松原の影長々と涼しかな白波のよす仙台までも

松原の朝の緑の清しかな蔵王を仰ぎ波のひびけり

夏の日や海岸線に波白し仙台までもつづきけるかも

阿武隈川河畔の広し競い鳴く雲雀の声や朝に行くかな

阿武隈川河畔の広し郭公の声のひびきて大橋渡る

阿武隈川土手の袂に社古り夏の日よりぬ日影涼しき

荒浜や河口に浪のひびくかな夏の海より鴎とびくる

阿武隈川河口広がる郭公の鳴く声遠くひびきけるかな



(二木の松)

岩沼の女しあわれも日傘さし二木の松の下を行くかな

二木の松謂われも深き岩沼に夏の真昼や旅人よりぬ

岩沼に藤の花咲くあわれかな二木の松より旅人去りぬ

二木の松芭蕉のよりしと夏の日や汗をぬぐいて我が寄り去りぬ

二木の松我が立ち寄りぬ岩沼の相馬に近き夏の日暮れぬ


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阿武隈川くらい大きいとやはり川のドラマがある。人の一生にもにている。遂に最後に太平洋が開けて大河は海にそそぐ、荒浜からは船が江戸まで出ていた。仙台藩で米を運んでいたのだ。大河が海にそそぎ海は江戸に通じていたのである。阿武隈川の土手はサイクリング道路として整備している。平らなところはサイクリングに向いているのだ。そして必ずビュ-ポイントがある。阿武隈川では梁川で写真を出したけどあそこの大きく蛇行して急流となるところがビュ-ポイントだった。最後は海にそそぐ阿武隈川もビュ-ポイントである。ただ鳥ノ海は大きい自然の海かと錯覚していたが小さい漁港の湾だから景色的には良くない、蔵王は見えるが景色的にはそんなに良くない、むしろ岩沼に行く一面の松原の海岸線が見物だった。その松原から残雪の蔵王が美しかった。あそこがビュ-ポイントだった。あそこは車からは見れない、車が通れない所になっていた。ビュ-ポイントは実際に地元の人でないとわからない点があるのだ。鳥ノ海より松原から蔵王を見ると美しいし海岸線もどこまでもつづいているので夏らしかった。


阿武隈川の土手を上って行ったらいつのまにかに岩沼についていた。そこで二木の松というのがありあれこれが二木の松かと思った。確かにそれらしい松になっていた。阿武隈川に出て河口から岩沼に来て二木の松を見るのも不思議だった。あれもやはりみちのくの歌枕だったのだ。この時期確かに芭蕉が寄ったのだ。
 

名取川を渡て仙台に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて四五日逗留す。

あやめ草足に結ばん草鞋の緒

菖蒲が咲いているとき確かにここを通ったのだから今の時期だったのである。その二木の松の下を日傘をさした女性が歩いてゆくのが絵になっていた。今日は本当に夏らしい夏がもどってきた。こういうふうに電車だけでは旅にはならない、電車からおりて二木の松を見るのとはるばる歩いてきて二木の松にたどりつくのとは大きな感興の違いがでてくる。旅は過程でありアプロ-チの仕方で同じものを見ても違って見えるのだ。今の時代は旅をするには自ら回りくどく演出しないとできくなっているのだ。余りにも簡単に行くことができるし通りすぎることも多いからである。
今日は朝六時の電車で行った。やはり朝は気持ちいいし蔵王がどこからも見えた。亘理から見える蔵王はきれいである。でも松原の上に見えた蔵王の写真は蔵王そのものが写っていない、今回は景色はそれなりに良かったがいい写真がとれなかった。遠景はなかなかいい写真がとれないことがある。
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