2010年04月29日

南相馬市原町区道の駅で無線通信していた人

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南相馬市原町区の道の駅でバイクで来た人が無線通信していた。磐城から来た人だった。
今頃めずらしいなと見ていた。原町の記念の十分の一の無線塔をバックにして無線通信しているのも奇妙だった。アマチュア無線をしている人がまだいたのかと思った。あの記念の塔は十分の一だとするとあの十倍の高さになるから東洋一の高さだったから凄いものだった。


この塔は実際は五六年で役目が終えたのである。これができてすぐに関東大震災がありアメリカにこの塔を通じて伝えられた。それが最大の功績でありあとは無用の長物となっていたのだ。でも高いから前の原町市のシンボルになっていたのである。これもコンクリ-トで作ったということは日本も技術を誇っていたのである。これだけのものを作れるという誇りの塔だったのである。鉄塔ではないコンクリ-トとなるとその技術力も相当なものだった。そういう日本の技術力の象徴としてもあったのだ。

道の駅にいると外部からの人が来る、ここでお江戸日本橋から歩いて来た人もいた。道の駅の近くに整備された公園も花盛りでありでも桜ははや散っていた。市立病院の回りも桜並木があり桜が辺りに多い。これは相馬の道の駅とはかなり雰囲気が違っている。つまり前の原町市という市街にある感覚になっているのがここの道の駅なのである。相馬は市街から離れているからそういう感じは全くない、道の駅はあまり街の中にあるのは少ないだろう。ここの特徴は街の中にある感じなのである。前の市立病院では家族が入院して世話になり買い物もあの辺ですることが一番多いからなじみの場所である。
posted by 老鶯 at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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