2007年03月28日

初燕


停滞を破る速さや初燕

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旅路来て赤絵の町に初燕 

帰化人の陶部(スエベ)の町や初燕

瀬戸内の潮の速さや初燕

目敏くも子供見つけぬ初燕


最近体調を壊した。プログもこれだけ書き続けたのだからちょっと休んでもいいだろう。ホ−ムペ−ジでも途中半年休んでも2000年からはじまったのだからすでに7年つづけているのだ。その量は膨大なものになっている。だから半年間書き込みしなくてもアクセスする人がふえていたのは意外だった。私のプログは百科事典のようにキ-ワ-ドで一回見る人が多いからアクセス数が減らないのかも、そもそもインタ−ネットはキ-ワ-ドで調べる世界だからそうなる。インタ−ネットの便利なのはそれぞれが個々のワ−ルドを構築することができることなのだ。そして前に書いたものをまた利用して新たなものを作ることもできる。実際自分自身で書いたものすらわからなくなっている。それで過去にこんなものを書いていたのかと自分自身で感心しているのだ。

ともかく停滞するのは旅行できなくなったからである。今ころすでに旅行していたからだ。初燕で印象的でだったのはやはり九州の有田で出会った初燕だった。九州というと東北からは遠いから特に印象的になった。有田はロ−カル線で行くとかなり不便な所だった。有田焼が伊万里焼となったのもやはり港の方が遠くに知られるのに印象的な場所になるからかもしれない、外国に知られるのには伊万里焼の方が良かったとなるのか?この伊万里焼はベトナムとかヨ−ロッパまで輸出されたのだから日本を代表する芸術品だったのである。

伊万里焼
<いまりやき>

 有田焼とも。佐賀県有田地方産の磁器。伊万里港から輸出されたので,この名が広まった。1616年,朝鮮の渡来人李参平が磁器焼成に成功し,寛永末期に酒井田柿右衛門が赤絵を創始するとともに,その声価はヨーロッパにまで及んだ。製品は染付,赤絵のほか青磁,染錦など多種多様。有田は現在も日本有数の生産地である。



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