2010年02月18日

近代デジタルライブラリの二宮尊徳の相馬藩の記述

tokuwa22.jpg
ninomiyaaaa123.jpg 


近代デジタルライブラリの二宮尊徳の相馬藩の記述

http://kindai.ndl.go.jp/

刀はうたねど大鎌小鎌


馬鍬に作鍬(さくぐは) 鋤よ鉈よ

平和の打ち物休まずうちて

日毎に戰ふ 懶惰(らんだ)の敵と
http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E6%9D%91%E3%81%AE%E9%8D%9B%E5%86%B6%E5%B1%8B
村の鍛冶屋や野鍛冶は刀ではなく鎌や鍬を作っていた。農民の注文でも作っていた。鍛冶屋は昔はどこでもあった。鍬や鎌は農民にとってはこれだけ左右するのかもしれない、唐鍬とはそれだけの効果がある鍬だったのである。大工でも道具にこだわるし農民も道具にこだわるのは当然である。それがNHKで放映していた鎌一つで麦刈りに出稼ぎに来ている農民だった。コンバインと比べられていたがその相違があまりにも大きかった。鎌だけで刈るのとコンバインでは比べようがない、百倍から千倍とかもはや比較にならない、原始時代と20世紀の差を見たのである。

実際に相馬は二宮尊徳なしでは語られない場所である。二宮鎌とか二宮鍬が農家に残っていてそのことから二宮仕法のことなどを語ると子供でも興味を持つし具体性が帯びてくる。
そこから具体的に歴史がイメ-ジできるのである。歴史はやはり話だけでは文章読むだけでは具体性にともしいから興味がもてない、仁宮尊徳は確かにあまりにも有名だから知っている。
相馬藩でも実際にかかわったから有名なのだけど農民でなかったりするとわかりにくい、歴史は家からはじまっている。家々には何かしら必ず親でも先祖でも残すものがある。家宝となるものがある、例えそれかその家だけのものであり他の人には意味ないものでもその家にとっては意味あるものがあるのだ。そこから家訓となるものが生まれたり別に大きな代々つづく家でなくてもあるのだ。だから郷土史は祖父母から聞いた話からはじまると前に書いたのである。野馬追いの旗は一番わかりやすいがこれもすでにどういう謂われなのかわからなくなっている。二宮鎌とか二宮鍬とかあったこと自体すでに二宮尊徳が信仰の対象のようになっていたのである。

郷土史でも資料をまずそろえないと郷土史研究はできない、相馬藩政記など読む人は特別郷土史に関心ある人であり電子化すべきなのである。そうすれば家で研究できる。図書館でいちいちとりだしてはコピ-していたら手間暇でできないのである。買うとなると高すぎるのだ。だからこういう資料は電子化すべきなのである。つまり南相馬市でもそうだけど立派なハコモノの図書館に莫大な金をかけるのではなく電子化とかに金をかけるべきなのだ。そうすればわずかの金でできる、個人に委託してもできるくらいなのである。その金額の差が大きすぎるのだ。自分にしてもこれだけ提供できるのはインタ-ネットがあってこそだった。
posted by 老鶯 at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/35398150
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック