家族は不幸でも逃れられない宿命を背負っている
●ゆがんだなりの美しい実
家庭 室生犀星
家庭をまもれ
悲しいが楽しんでゆけ
それなりで凝固ってゆがんだら
ゆがんだなりの美しい実になろう
家庭をまもれ
百年の後もみんな同じ諦めきれないことだらけだ
悲しんでいながらまもれ
家庭を脱けるな
ひからびた家庭にも返り花の時があろう
どうぞこれだけはまもれ
この苦しみを守ってしまったら
笑いごとだらけになろう
室生犀星は妻をなくした旧武士の小畑弥左衛門吉種が六十四歳の時、身の廻りの世話をしていた女中のハルにうませた子である。女中の子ということが生涯ついてまわる。そして吉種の死と共に、吉種の長男たちによって泥棒呼ばわりされ追い払われた女中であった自分の生母への思慕と悩みを持ち続けた。女中なるが故の不幸であり、悲運であり、
生まれてすぐに生家の体面上、他家にやられた作者にはほとんど母親の記憶がない。わずかな記憶は、「殆醜い顔に近い母親だった」ことくらいだ(『紙碑』)。
室生犀星は、複雑な家庭の中で私生児として育てられた。兄(後に金沢裁判所書記の職に就く)と姉(後に娼婦として売られる)がいたが、二人とももらい子であった。実母も、はっきりとはわからず、終生彼の詩の中にも母に対するあこがれが歌われているように思える。
普通の家庭は両親がいて兄弟姉妹がいる。そういう普通の家庭でもインタ-ネットだけなのだろうか、匿名になるから親の文句を言う人がかなりいる。その憎しみも強い。家族自体がおそらくみんな違ったものとしてあるのかもしれない、トルストイが「幸福な家庭はみなおたがいにかよっており、不幸な家庭はそれぞれその家なりに不幸である。」と言ったとき家族というのがやはり千差万別だからかもしれない、家族とは例え外から幸福に見えても不幸を内在しているかもしれない、なかなか家族はわかりにくい、自分の家族も外から理解できるとは思えない、こんな家族もあったのだということを自分自身でつくづく矛盾してもふりかえるだけである。姉が死んでわかったことは自分には正常な家族がどういうものか知らなかったことである。そういう人はやはりいるのだ。家族の愛を受けて育たない人もいる。親がいない人は家族とは何か知らない、親の愛とは何か知ることはできない、兄弟姉妹のない人は兄弟愛とかも知り得ない、両親がいても絶えず喧嘩ばかりしているとそこにも愛と調和の家族はない、そういう所で育った人は喧嘩が普通であり家族は喧嘩する場所として育つのである。でもそれが嫌でも異常ということに気付かない、それが当たり前になってしまう。両親が愛し合いいつくしみあうことがあるの?とかなる。もちろん具体的に継母とか昔から問題が置きやすいからその不幸が語り伝えられてきた。
そういうのは外からみてわかりやすいから理解しやすいのである。ところが家族の問題は外からはどうしても理解しにくいものがある。その一つが自分の家族だったのである。でも自分自身にとっては全部が悪い家族とは言えない、ただ正常な家族がどういうものか自分は知らなかったのである。だからその不正常さが最後に悲劇を生んだともなる。人間は異常でも矛盾でもそれが長くつづくとその異常さが普通になってしまう。戦争すら余りに長くつづくと戦争が普通であり人がバタバタ死ぬことすら驚くこともなくなるかもしれない、もはや平和と何かも理解できなくなっているのだ。人間の社会は本質的に平和はない、家族にすらないから平和がないのだ。だから天国に行ったら驚くだろう。ええ、こんな人が愛し合う平和な世界があったのかとそれは全く地上では経験しえない世界である。はじめて経験するものであり地上の経験をそこであらためてひどいものだったとわかるのである。
ゆがんだなりの美しい実になろう
家庭をまもれ
百年の後もみんな同じ諦めきれないことだらけだ
悲しんでいながらまもれ
家庭を脱けるな
ひからびた家庭にも返り花の時があろう
犀星は家族の愛を知らないで育った。自分は家族の愛を複雑でも受けすぎて育った。矛盾の愛の中で育った。その期間があまりにも長すぎた。つくづくだから「ゆがんだなりの美しい実になろう」というのも実感としてわかる。ゆがんだ矛盾した家族でもそれが与えられた家族であり逃れたくても逃れられないのである。悲しいことでも逃れられない、家庭を脱することができないというのが真実なのである。家庭とはそういう宿命的な場所なのである。それが自分一人の力では変えることはできない、それでも調和させようと努力する他ないのだ。そうした家族にもゆがんだ家族でもゆがんだなりの実がなる。それは生前ではなく死んだあとに経験することもありうる。ゆがんだ家族であり矛盾していたけどやはり家族は家族であり全うした家族だったとかなる。
兄が知的障害てんかん持ちです。
子どもの頃は兄に暴力振るわれたり、近所や学校でも兄の事で苛められたり、
家の中は滅茶苦茶で、親はいつも謝って回っていましたし。
普通の子どもの生活ではなかったな〜と今思います。
今でも皆さん同様、両親は大変な思いをしています。
でも、私は不思議な事に一度も兄を疎ましく思った事もなくて、
むしろ、人の痛みを分かる様になったのは兄のお陰だ、とすら思っています。
それもこれも、両親が偉かったな、と今自分が子どもを持って改めて感じます。
もちろん、両親も歳をとって来て、これからは悠長ではいられないかもしれません。
夫も夫の両親兄弟も、事情をよくわかってくれていて、
「みんなで力を合わせれば、苦労も減るよ」と言ってくれます。
そんな言葉に甘えるつもりはありませんが、私は幸せだなと思います。
今後、どうなるかは不安ですが、あまり先の事は考え過ぎない様にしています。
母が「先の事を考えると、今日生きていられないくらい不安になるから、
せいぜい一ヶ月先の事しか考えない様にしてるのよ。」とよく言っていました。
兄も今は私が一番好きな様で、遠方ですがたまに会うととても喜び、
私の子ども達の事もとてもかわいがります。
子どもの頃から、人がしないで良かった苦労をして来たここの皆さんが、
少しでも、哀しい思いや苦労をしないで生きて行けるといいなと心から願っています。
夫も夫の両親兄弟も、事情をよくわかってくれていて、
「みんなで力を合わせれば、苦労も減るよ」と言ってくれます。
身寄りがなくなれば一生施設にいるだけよ
障害者も高齢になれば兄弟すら面倒みないよ
私は姪の立場だが、障害者の兄である父が死んだあとに
縁切りということで。
母には姻族関係終了届けを出させました
すごーーく嫌なことです
親族にそういうのがいることって
いない人にはわからないだろうがね
結婚にも足かせになると思う
いとこも嫌がっていたからさ
愛し合い調和する家族
http://musubu.sblo.jp/article/35142957.html
あなた知的障害者でいじめられているの?
能力が弱いのもあるけど
普通にコミニケ-ションできないからだろう
子供なら相手をいたわるという気持ちに欠けているからいじめになるんだろう
でもいじめた人も不愉快になっているだろう
この世の中、なぜ知的障害者や身体障害者や
病人がいるのか?
人間は弱いものでありみんなそうなる危険性があるんだよ
レ-ガン大統領さえ認知症になった
そうならないと思っているからみんな知的障害者や弱者に無関心なんだよ
でも人間は最後に認知症になる人が多い
つまり知的障害者になって死ぬ人が多い
だから知的障害は無縁ではなかったことを知った
そういうことを知れば多少知的障害者にも同情的になるかもしれないんだよ・・・
あなたがどういう人だかわからないから
うまく答えられないです