2010年02月05日

愛しあい調和する家族(詩)

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愛しあい調和する家族

春の日が部屋にさして

花が二つ明るくよりそい咲いている

赤い花と紫の花

ともに映えつつ咲いている

そこに争いはなく調和の美

花はともに愛し合っているよう

その色を尽くしてともに咲いている

家族すらともに愛し合い調和しない

長い間私はそういう家族にあった

他にもそういう家族はある

家族すら愛し合えない調和しない

それがこの世の家族であった

その期間は余りにも長かった

私の願いは家族が愛し合い調和すること

この二つの花はよりそい愛し合っている

だからさらにここに美しさは増している

いつくしみ愛し合うのが家族

それがない家族は家族だったのか?

家族が愛し合うからこそ

この花の美は家に映える

家族がいさかうなら花も映えない

家族でなくてもこの世に自然の美は映えない

国と国は争い、争いはやむことがない

愛し合わない争い憎しみが絶えない

だから自然の美は映えない調和しない

その痛みは深く傷は癒えない

望むものは愛と調和

平和の日が長くつづくこと

その傷痕は余りに深きが故に・・・・


posted by 老鶯 at 19:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 詩全般
この記事へのコメント
私にとって家族は大事な存在です。一つ屋根の下で支え合い、荒らそう事もあれば許しあえる事も出来るのが家族です。この詩は1番のお気に入りで、とても共感できる内容です。
花をモチーフにしているので、現実的な悲しい人間社会も柔らかく表現されていて、社会はどうであれ、一つの家族というユニットが奏でる平凡な温かい日常生活を守っていきたいという望みや決意が新たとなりました。

目立たなくても華やかさはなくても、私は淡い色の周囲を和ませる一輪の花でありたいと願っています。春の日がさしこみ居眠りをしたくなるような穏やかさや静かな時間を取り戻して、一輪の淡い色の花と寄り添いながら調和のとれた家族となっていきたいす。
何故、争いを招くエゴイストが増えるのでしょう?認知症は病気です。病気とわかっていても、わりきれなくて家族の平和を乱して調和のバランスが崩れてしまう。崩れてしまう原因には様々な原因があるでしょう。差別、偏見、決して許せない事です。腹ただしい事です。どんなに頭の良い人でも罹患する可能性のある病気です。自ら求めて罹患した認知症ではないのに、御家族は突如苦労を背負い込まないといけません。そんな苦労さえ分かち合う事ができない興味本位で介入してくるような人に限って、人をからかっては楽しんだり、私利私欲を求めたエゴイストがいます。ストレスを抱えた家族も行き場を無くさずに救いの手に一杯守られる事を願っています。
荒らそう事を求める以上は、自然の美が映えるような、自然の美を超えるような純粋な美しい調和を求める事は理想なのかもしれませんね。人は生きている中で簡単には癒える事のない傷が必ずできるでしょう。
その傷を癒す事が出来るのは自然であり、人の痛みがわかる理性や良心をもつ人間ではないでしょうか。同じ価値観の人達が集まったユニットを形成するか、探してでも求めて入るしかありません。何が起こるのか分からない現代社会ですから、尚の事、平和が続く事を願って止みません。
Posted by 玉本あゆみ at 2010年03月23日 19:11
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