2007年03月09日

一度のみの月(中山道)



一度のみ旅路はるかや伊那に月

only just once
the moon at Ina
in the distance
on my traveling way

御岳へ分かれゆく道奥深き我が行けざりき夏の夕暮


中山道は有名だし電車も通っているから行くけど道を行く旅は違っている。自転車で中山道を行ってその脇道に御岳へ通じる道があった。ここからさらに御岳の道がある。自転車だと疲れるからまず脇道にはなかなか入って行けない、引き返すだけで大変になるからだ。五キロにしてもまた5キロ引き返さねばならないからだ。車だと容易でも自転車だと脇道に入ることは行程がさらに長くなるからなかなかできないのだ。目的地につけなくなるからだ。車だと近いとなるが自転車だとずいぶん遠く奥深い場所になる。これは昔の旅でもそうだろう。歩いてゆくときやはり分去(わかれさり)別れ道は特に印象に残る場所になる。道は延々とつづきこの道は分かれてゆく、その先に何があるのだろうとなる。道は未知になるのだ。
その先は神秘的な場所となる。一生訪ねえざる場所になる。車だとちょっと回り道とかなるが自転車や歩きではそこは何か遠い世界になってしまう。電車だとこういう道−未知の神秘性はなくなる。軌道化してル−ト化しているから神秘性がなくなる。道は無限であり道の先の先は何があるのか坂を峠を越えその先には何があるのかとなり旅の興味はつきないのである。旅とは本来そういうものだった。

これだけ旅をしても日本という狭い場所でも実際は知らない知り得ざる地は無数にありそして人は死んでゆく、一度のみ旅で見る月がある。月でも旅での月は一度限りのものが多くなる。同じ月でもその印象はその場によってみんな違っている。伊那の月が印象に残ったのは中山道をぬけてそこでテントで泊まったからだ。中山道の山の中をぬけたところが伊那だったのである。自転車の旅は中高年ではやはり辛いところがある。テントを張ったりするし汚れるし旅館の人に嫌われたり断られたりもする。実際一万の宿で自転車で来たから泊めてくれと言ったら断られた。自転車は尋常な普通の旅と思われない面がある。若い人が野宿するような旅人に見られるからだ。そういう旅のスタイルになってしまうからである。

現代では本当に昔の人のように旅をしていない、旅ができないのだ。泊まるなら安い木賃宿のようなものがあればいい、そういう方が旅に向いている。長い旅だったら金がかかるからそうなる。それができないから長い旅になるとキャンプ道具をもつ旅になってしまうのだ。

年たけてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけり小夜の中山 西行69歳

こう感じる昔の人こそ旅をしていた。旅に命をかけていた。また命をかけざるをえない旅だった。普通の人でも水盃をして別れたからだ。旅は余りにも安易になったとき旅はなくなった。今は私でも介護で旅に行けないとなると切実にそう思った。ええ、もう旅ができない!
これが自分にとって一番ショックだった。富士山もまだ見ていない日本の山々も訪ねていない場所も行けないのかとショックでありそして最後は確かに見るべきものは命なりけりなのだと実感した。60こえたら最後に見るものであり仰ぐものであり富士山でも見たら拝みたくなる。二度と見れなくなるということが現実となるからだ。そういう日が誰にでも来る。




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