2010年01月24日

春めく雲(福島県-浜通り-中通り-会津の気候)

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海の方春めく雲や浜通り


福島県は地理的にも気候的にも三つの地域に別れている。浜通り-中通り-会津である。
飯館に行ったらどんよりと空は曇り雪雲が厚く垂れていた。さらに阿武隈地を福島市や二本松市に行けば雪が降っていたのだろう。飯館まではあまり雪は降っていないがそれでもここよりはふる。風花の飯館であったが中通り雪になっていた。会津となると毎日が厚く雪の雲がたれこめて雪に閉ざされる。中通りは雪国のイメ-ジはない。会津は全く雪国である。だから福島県では会津は相当気候的にも地理的にも異質である。会津のことは同じ福島県でも理解しにくい、むしろ宮城県の方が浜通りでは理解しやすいのである。会津は雪国であり山国である、山がひしめきあっている。それも2千メ-トル級の山が相当ある。だからこの山を知ることができない、浜通りにはこうした高い山がないから自然的には平凡だが住みやすいとなる。気候的に見たら浜通りは退職者が住むには適しているが自然は平凡だとなる。自然もある程度日常的に接していないとわからないのだ。

日本は山国だから山で閉ざされていているからわかりにくい、地理がそれだけ複雑すぎるからわからない、会津は本当にわからない、それだけ広いのである。浜通りは地理的には平坦でありわかりやすいのだ。阿武隈地になるとわかりにくくなる。山に入ると地理がわかりにくくなるのだ。日本は狭い国だけど地理が複雑だから福島県だけでも理解するのがむずかしい。福島県を自転車でも隅から隅まで旅行しても一回くらいしてもわからない、そもそも飯館から川俣に出るとわかりにくくなっている。地理がわかるということはそれだけむずかしいのである。そういう点日本はいくら旅してもあきないということがある。大陸のように満州のようにただ平坦な地域がつづくところは嫌になる。山もなにもない、時々汚い川があるだけなのだ。満州などに住みたくないと思った。地理的変化がまるでないのだ。遊牧民の草原は見るべきものがあるがトウモロコシ畑だけが延々とつづく平坦な世界はあきてしまう。ともかく福島県はこの三つの地域に別れて気候も違っていることをまず理解しないとわからないのだ。


 

俳句も写生だというときこれは必ずしも才能ではない、技術的なことが最初にある。なるべくありのままを忠実に俳句にしようとすることが第一になるからだ。何か特別に作り出そうとはしない、ありのままに心がけことである。「土盛れる墓の五つつや冬芒」としたときこれもありのままである。土を盛った墓が五つあるといことが写生である。その五つの墓がどういう墓なのかはわからない、説明はしない、できないのだ。それをイメ-ジするのは読者だとなる。
昔は一人一人こうして石の墓を作る金がない人は葬られていた。あとは卒塔婆を建てるだけだった。これなら簡単だけど一人一人こうして埋めていたら数が増えるから一家の墓にした方がいい、そして時代が立つにつれ死ぬ人も増えるから墓がふえすぎたのである。すでにこれ以上墓をふやすことは限界に来ているのだろう。ともかく人間最後に残るのは墓だから墓には哀愁が満ちているのである。
 抽象画にするとパソコンのソフトで加工すると写実でなくてもそれが絵となっている。全然絵を描けなくても抽象画として芸術性を帯びてくる不思議がある。この抽象画も最初は浜通りだから空と雲を具体的に描き次に中通りは黒い雲を描いた、それだけではいつものごとく絵にならない、不思議にこれを加工すると抽象画になるのだ。抽象画になると拙い絵も一つのそれなりの芸術品になっている不思議を経験するのである。これは才能でも何でもない、本当に技術的なことなのである。
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