冬の樅の木二本
はじめて踏み入る山の奥
冬の朝日さして日本の樅の木
それは限りなき寂けさの中に佇立していた
まるで千年忘れられて立っていた
石の大聖堂の柱のように立っていた
そこには何の音も聞こえない静寂境
その樹には何がひびいたのか
ただ清らかな水の音がひびく
そのあと木枯らしが吹き唸った
木の葉は舞い散り山路に落ちる
その堂々たる樅の木二本の荘厳
その静粛にして静謐な引き締まった姿
その樹はここにどれくらい立っていたのか
ここに私は踏み入ることなく知らざりき
長年ここに住みこの樹を知らなかった
私は一体何を求めてきたのだろうか
騒音と雑踏の大都会を彷徨い
私は何を求め何を得たのだろうか
ただやたらに衝動にかられ動くばかり
もう老いてすでに死も近いというのに・・・
私は何を求め何を得ようともがいていたのか
虚しい徒労はなおつづいていた
そして今この二本の樅の木に出会った
この樹はここにどれくらい立っていたのか
ここで何もせずに延々と立っていた
雨がふり風が唸り雪が降りここに立っていた
限りない静寂のなかに・・・・・
やがて山は落葉に埋もれ雪に埋もれるだろう
あなたはここでただ静に耐えて立っていただけ
静に無言にただ耐えること
そうして長い年月の中にあなたの真価が顕れた
石の大聖堂の柱のように立っていた
私はあなたの真の価値を知らなかった
そうしてここにあなたは無言に立っていた
そこにあなたの価値は形成された
その歳月は長く人の命よりも長い
あなたは山の奥で風の音を聞いた
数知れぬ風の音を聞いた
その風の音とともにあなたは静まっていった
その限りない静粛な姿が胸を打つ
ただ私は人は無益な日々を積み重ねた
人は社会はあなたのような静寂に至ることはない
冬の日の朝に佇む姿を人はまねることはできない