2007年02月02日

クロ−ズアップ現代(要求する親−問われる教師)を見て・・ (権利ばかりを主張する社会の恐怖)

学校も変わったのか?あんなに学校にずけずけと自殺に追い込むまで要求しつづけるというのは驚きだ。昔だったら学校は子供人質にとっているからといって学校の方が権力をもっているから学校に抗議したりするのは少なかった。これが戦前だと学校の先生には絶対服従だった。平気で生徒には体罰が加えられていた。それがあんなに親が学校を相手に要求しているのは驚きである。買い物でもレストランでもクレ−ムの問題がありそれでクレ−ムをした人を店長が殺した事件もあった。民主主義社会は自分の権利を主張する制度であるがこれが度をこすと社会を歪めてしまう。給食費を払わないというのも義務を果たさないで権利ばかり要求する風潮のためである。権利を主張するには義務も果たさねばならない、それが権利ばかり主張するになるのが民主主義の悪しき利用なのである。

この世にはともかく何か執拗に他者を追求する人間がいる。もともとそういう人たちはいたのだが民主主義ではそういう人が急増したとなる。江戸時代だったら理不尽な裁判とか濡れ衣をきせられて無実でも死んだ人は無数にいたろう。この世は理不尽な世だからそういうことがいくらでもある。その不正との戦いが人類の歴史だったともいえる。だから自分の権利を主張することは悪いことではない、いいことだとなる。でもそれが度をこすとどうなるのか、アメリカのように訴訟社会となる。弁護士だらけの社会となる。先日、「地獄への道」という西部へ鉄道が敷かれるのに牧場が安く買いたたかれて鉄道会社に抗議した青年が最後は鉄道の汽車に強盗に入りやがて銀行強盗となり本物の悪人となってしまった。抗議することで英雄になったのだが銃をもって暴力でもって鉄道会社と戦っているうち本物の強盗団の首領となってしまった。裁判も鉄道会社のいいなりであり明らかに不正であったのだがその抗議する手段が銃であり徹底した暴力となり最後は本当に強盗を生業とする悪人になってしまった。つまり不正を追及することは同調してもその手段が悪いと結果的には不正の追及どころではない、自らが本当の悪人になってしまう。義賊などというのもその例かもしれない、悪い奴なら不法な手段でもいいという発想である。こういう点無暴力で目的を達成したガンジ−は偉いとなる。

医療ミスでも最近盛んに病院が訴えられて産婦人科が街からなくなるという問題が起きている。医者にすれば訴えられるからリスクが大きいからやっていけないとなる。腹腔鏡(ふくくうきょう)手術で人体実験にされたということでその病院の前で焼身自殺をした人がいたことには驚いた。命は助かったのだか後遺症で悩んでいた。医療ミスだと認めなかったのが許せなかったから金での示談を求めたことへの反発からも大病院に抗議のために自殺したという。それほどするんだから相当な恨みがあったことは言える。これを他者がどうのこうの言えない、その苦しみがわからないからだ。でも命は助かったんだからそこまでやるのはどうかなと思ってしまう。医療ミスが多すぎるのは確かだし自分も子供のころの注射の失敗で大きな傷を残されたのだ。信じられない医療ミスが日常的に起こっていて医者はその責任を認めないのは憤りを感じる。でもこれが度をこすとどうなるのか、社会は訴える人ばかりになり何もできなくなる。何もできないとなってしまうかもしれない、教育でも訴えられたら怖いとか常にクレ−ムにおびえるようになってしまうのだ。

ソクラテスは悪法でも法は法だと悪法に従って死んだのはなぜだろうか?この世に完全な正義の法などないからである。それは実現することが不可能だからだ。この世には理不尽さがつきまとうしそれを完全に解消することは不可能である。そんな社会は天国にしかないだろう。だから余りにも度をこした要求、クレ−ム社会になると何もできなくなる社会になる。リスクが怖いからできないとなる。そしたら社会の発展も停滞してしまい、グロ−バル化の競争にも勝てないとなってしまい貧乏国になってしまうかもしれない、なぜならいろいろ実験するのも社会にとっては必要だからである。腹腔鏡(ふくくうきょう)手術で最初実験にされたことは問題だがそれでも医学の進歩に貢献したという見方もでてくる。ただこれは当事者にすれば許せないものとなるからやはり医療ミスは認めないというのは問題である。

ただ現代は余りにも要求することが多すぎるのだ。夫をバラバラにした事件も妻はやったことはやりかえすとか夫への要求が高すぎたのである。自分のことを認めてくれなかったとか謝らなかったとか自分の要求を認めないから認めさせてやるとなりあんな殺人になったのだから現代は個々人レベルで他者に自分の要求を認めさせる、過剰なほどに認めさせる社会にもなっている。女性でも男に従うものだとか忍従するものだとかいうとものすごい抗議がくる。女性の要求も度をこして高くなっているからまた選挙権をもち権利を要求できるから女性差別となるからちょっとした発言でも大問題になる。女性が子供を生む機械というのはひどすぎるがそれが社会的大問題として国政を揺るがすような問題かとなるとまた疑問なのである。

今日の一句一首を毎日出すのはむずかしくなった。やはり時事問題は書きやすいし時事問題にすると読む人がふえる、作家の時事問題は一日6000くらいきていたのには驚いた。これはマスコミには匹敵しなくてもインタ−ネット上では最高レベルであり影響も大きくなる。有料でもやっていけるアクセス数となる。要点をとらえて読みやすいから読む人もふえる。私の時事問題の深層は哲学的な面があるから毎日過去の時事問題の深層が読まれている。論文のようになっているから読まれる。時事問題はその時その時新聞のように読んで終わりになる。過去のものは読まれないのが普通であろう。時事問題中心なら何か書くことあるからプログでもつづけられる。アクセス数も伸ばすことができる。そういうわけで今回はプログに時事問題をのせた。

福祉介護は現代社会のアンチテ−ゼ(福祉の問題点)-時事36へ
http://musubu.jp/jijimondai36.html#welfere1

 
福祉でも権利ばかり要求するから嫌われる。徒党を組み団体化組織化して権利ばかり要求するとき
本来の人をあわれむという心は福祉からなくなる。ただそうした宗教団体でも組合でも恐怖の対象でしかなくなる。あわれむのではない脅されすごまれる何百万人ににらまれるから福祉を強制されるからだとなる。
福祉にもあまりに露に宣伝して権利ばかりを要求する現代の問題があったのだ。



 

posted by 老鶯 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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